百七十七歩目 「暫しの別れ(IV)」
幼い頃、彼に救われ、ヴィオローネは彼と共に過ごすようになった。
彼女にとって、彼は何故か動物と話せる不思議な子くらいの認識だった。
だが、出会ってしばらくした頃。
まだ幼いエピンに、好きだと言われたのである。
初めは、子供の可愛い勘違いだと思っていた。
そのため、適当にあしらっていたが、どうやらエピンは最初から本気だったらしい。
〔本当に好きなら毎日告白して、そしたら付き合ってあげる〕という、ヴィオローネの言葉を真に受けたのだろう。
まだ勉強を始めたての子供だった彼は、おそらく、そこまで頭が良くなかった。
ヴィオローネは、なんだかんだ悪い気はしていなかった為、エピンの側にいた。
彼が兄と共に、 ”あの魔法” に溺れている時でさえも。
彼女が隣にいたことにより、エピンは心が壊れるギリギリの状態で耐え、その後なんとか戻ってこれた。
そもそも、王家から生まれた兄弟全員、碌な人生を送っていない。
王から生まれた四兄弟の中では、最終的に倫理観がすんでのところで狂わなかったのはエピンただ一人なのだ。
兄弟皆が殺しに手を染め、一度は人の道から逸れている。
長男は、見た目や能力で蔑まれ、両親からは都合が悪いと放っておかれた挙句、次男と使用人などを平気で殺めるようになり、四男に抵抗しようとしたところを、三男に殺された。
次男は、愛する人を失い過ぎ、それを忘れられないせいか、どこかで現在の幸せな自分自身を呪い続けていて、必死に自分の心を黙らせながら、ずっと子供のままの時間を生きている。
三男は、水すら制限される日々の中、誰より素晴らしいと崇められた、しかしその後、手のひらを返されて、化け物扱いされた、そして人と話すことを極端に恐れるようになり、それは今も変わっていない。
四男は、物分かりが良過ぎた為、大人の事情と空気を読み続けた、その結果、三男に己の軸をも捧げ、不器用な父の愛をも捨て、全てを殺し尽くした、殆どの記憶を消したが、まだ悪夢からは覚めないだろう。
使用人を殺していけば、両親は自分を見てくれるはず。
本を読んで誰かと愛を交わし続ければ、いつかはこの記憶も上書きされるはず。
お互いにずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと一緒にいれば、何も怖くない。
全員が、そのような淡い期待の言葉を、自分にかけていた。
だが、なんと、この言葉は甘えるためのものでなく、自分に対しての鞭である。
こうなりたいのなら、動けという、心が壊れるほどの鞭である。
兄弟のうち、大事な時期にまともな救いがあったのは、エピンだけだった。
ヴィオローネをはじめとする動物達は、周りの大人とは違い、彼を裏切ることなんてない。
一度は大幅に道を逸れたものの、唯一長期的にまともな愛を受けて育ったエピンは、人を殺めることに対しての罪悪感や、他社に対しての優しさなどを持ったまま成長したのだ。
もうほとんどが亡くなったりやめていったりしたが、エピンが長男を殺す前は、小さい頃は自分のことを認めてくれていた人がいる。
歪んだ関係といえど、弟にも愛されたことは確か。
動物達にはまっすぐ愛され、母の束縛あれど、彼の人格は正しい方向に形成されていった。
エピンも、ヴィオローネがいなかったら今の自分はいないことを理解している。
また、彼女もエピンがいなければ、人間でなくなった自分自身を否定し続けていただろう。
彼女の人間になりたいという気持ちが、理解できなかったわけでは全くない。
ただヴィオローネが、死ぬ可能性のある道に進むのを止めたいのだ。
「…………僕は、そんなに頼りないだろうか。」
ただただ悲しそうな彼の顔を見ると、ヴィオローネは、もう何をいえば良いのかわからなくなる。
「キュ……」
彼女は、ずっと、人間としてエピンの側にいたいと思っていた。