百七十五歩目 「暫しの別れ(II)」
「…………」
「妹は…………ミコトは、真っ白な髪の毛と真っ赤な目を持った、冴えないオレと似ても似つかない子だった。オレらには魔法の才がないけど、ミコトは何故か、ハイビスカスを咲かせる生誕魔法を持ってて……とにかくミコトは、ハイビスカスを常に手に持つほど、大好きだったんです。好きなことを好きと言える、素直で無邪気な性格でした。でも、ある日ミコトは殺されました。顔や体を覆った、背の高い男に。ミコトは怖がる様子もなく、相手にハイビスカスの良さを伝えていた。あの殺人鬼の、片方だけ見えた冷たい目が、今でも忘れられない。不思議な武器で、ミコトの内臓を、潰した、あの目が。」
「…………!!」
「オレはミコトを守れなかった。親父もあの火事で死んだ。二人とも、オレは守れなかった…………だから、やっと誰か守れたと、思って………なのに………!!」
メイは二人を救うことで、自分も救っていたのだろう。
今にも泣きそうな彼を見て、エピンも悲しげな顔になった。
【メイがいたことによって、僕が救われた事実は変わらない】
エピンは、精一杯の意思表示をする。
「でも……オレは…………」
【僕が、これから王政を立て直す】
「え………?!」
【メイがこれから大事な人と出会っても、絶対に失わないような世の中にするから】
「エピンさん…………」
【僕も変わらなくてはならない】
「………………」
【このままの政治では、ずっと皆が不幸なままだ
今更とか、そんなことを言っている暇なんてないだろう】
「………やっぱり、進んでますね。」
「……………?」
「毎日一歩ずつ、偶に止まってしまうこともあるかもしれないけど、エピンさんは確実に進んでる。」
【そう見えるなら良かった】
「王政ってことは………エピンさん、王様になっちゃうんスか?」
【まだわからない、王政を立て直すとしか決めていないからな】
「でも、だとしたら、もうここにはいられないッスよね。」
【嗚呼】
「うちのパン屋っていうか、メロンパン屋……潰れちゃいますって。」
【そんなことない】
「…………淋しいけど、お別れか。」
【色々落ち着いたら会いに行く】
「あーあ……」
彼は、メイの声が、震えていることに気づく。
それに気づいたその瞬間、メイの目から、大粒の涙が溢れた。
「あーあ、もっと、早く……声、かけてれば良かったなぁ………」
「……………!」
「もっと早く声かけて、打ち解けてれば良かったなぁ。そうすれば、エピンさんはもう少し、楽に生きられたかも、しれない……」
「……………」
「実は………オレあの時、エピンさんと向日葵の話をした時、 ”懐かしい” って思ったんスよ。出会ってまだ間も無かったのに。」
【僕も思っていた】
「え、マジで!?」
【僕だけかと思っていたから、何も言わなかったが】
「オレも、自分だけかと思ってました!」
【あの時僕は、珈琲を誰かと、こんな風に飲んでいた気がしたんだ
それに、甘いものの食べ過ぎで死ぬというのも、誰かに言われた気がして
でも喧嘩した後だったし、なんとなく気まずくて言えなかったんだけど】
「あー、喧嘩しましたね。あの男の子の件。」
【悪かった、あれは僕に非がある】
「でもオレも無神経だった気が…………」
【あの時はリアルが死んで気が動転していたんだ、許してくれ】
「なんか誰か呼んでるなとは思ったんですけど、あれなんだったんスか?」
【僕の恩師兼、家庭教師兼、キューピット兼、乗り物?】
「情報量多い……」
【簡単に言うと、リアルは竜だ】
「えぇ?!竜呼ぼうとしてたんですか!?」
【リアルは耳が良かったから
でも来なかったし、もう亡くなったのだろう】
「あぁ!だからあの時泣いてたのか。」
【そうだ】
「オレ的には、泣いてる目より、あの睨まれた時の目が印象に残ってますね。」
【身に覚えがない】
「あの角度、普段見えない目が片方見えて、怖さ倍増してたんですよ!」
【思い出した
悪い、確かに睨みつけたような気がする】
「本当に、あれは怖かったッス……」
メイは思い出話で和んだのか、もう泣き止んでいた。
それを見てエピンは、少しだけ微笑む。
【あの時は、大事なものを守れなかったら、意味なんてないと思っていた】