百七十三歩目 「兄と母は嫌い?(IV)」
翡翠は、絶望のあまり顔を覆った。
笑顔のままだが、これでも本人はかなり心にきている。
「ずるい…………」
「えぇぇ?!」
「普通にずるい………普通に…………」
「いやいや、二週間に一個までですよ!一年間で大体二十六回だけ!!………まぁ、ストックできますけど。」
「今ストック何個あるんですか?」
「大事なこと以外、ほとんど使ってないので、百個はありますなぁ。」
「…………………反則でしょう、そんなの。」
翡翠は、羨ましそうな笑顔で、雷丸を見つめた。
「あ、この魔法のこと、周りには誰も言わないでくださいよ。一部の人以外には、俺の生誕魔法の内容を、歌で人の心を動かす魔法だと言っているので。」
「歌で人の心を動かせるんですか?」
「幼い頃、俺の師が、亡くなった俺の母の魔法をくれはったんです。」
「………くれた、とは?」
「先生は人の生誕魔法を奪い、使うことができて、その上誰かに譲渡することも可能という、とんでもない生誕魔法を持っていたので。死ぬ間際に母から、この力を息子のためにと言われたらしく、先生は俺にその魔法をくれました。俺には、父も兄弟もいなかったから、母も心配だったのだと思います。」
「これもまた、破格の生誕魔法ですね。」
「………………」
「どちらも、悪用されたら大惨事になるから、吾輩の母が引き取ったのでしょう。特に、雷丸様は幼い頃からここにいるようだ。幼子を利用しようとする人間は、たくさんいる………」
「………あの、翡翠様。」
「何か?」
「その…………俺のこと、なんで様付けで呼びはるんです?」
「えっ。」
「翡翠様は、上に立つお方なのですから、俺のことを呼び捨てにするか………せめて雷丸さんと呼ぶとか、したほうが良いんやないかと。」
「ですが………」
「エレノア様のことも、桃簾様のことも、もう名前で呼んでいないではありませんか。」
「……………なんとなく、主従というものに吾輩らを当てはめると、不幸になる気がして。貴方にだけ翡翠様と呼ばれるのは、嫌なのです。」
「なる……ほど?」
「記憶喪失と言っても、昔のことを完全に忘れたわけではありません………ただ、昔、ずっと主従というものに、自分を殺されていたような気がするだけ、なのですが。」
「うーん…………俺としても、主人の意図は組みたいからなぁ、翡翠様にも、ちょっと考えてもろて………」
彼は、新しい主人のために、良い案を考えている。
その真剣に悩む雷丸の姿を見た翡翠は、頭の中にあった、突拍子ない考えを彼に伝えることにした。
「…………決めました。」
「え、そんなに早く?!」
驚く彼の顔を見て、翡翠は、少し意地悪そうな顔を見せる。
「吾輩たちは明日から、対等になりましょう。立場なんてお飾りだと思ってください。」
その言葉を聞いた雷丸は、目を見開いた。
「本気ですか?!」
「吾輩は、明日から貴方のことを雷丸と呼びます。ただ、貴方も吾輩を翡翠と呼ぶこと。」
「冗談……きついわぁ。」
「できれば、明日から互いに敬語もやめてしまいましょう。吾輩も敬語になれているだけでしょうし、貴方は敬語があまりお好きではなさそうですからね。壁を作らないために、吾輩も明日から貴方に敬語を使うのを出来るだけやめます。」
「俺が敬語苦手ってなんで分かるんです?」
「勘ですよ。」
「嘘やろ。」
「はい、本当は母から聞きました。」
「はぁ………と、とんでもないことになった。」
「外では主従として振る舞って大丈夫です、主に身内しかいない時には対等、ということで。」
「……わ、わかりました。」
「まぁまぁそんなに嫌な顔をしないで………それで逆に気を使うようになってしまった場合は、一旦戻せば良いじゃないですか。」
「というか、俺が嫌がっているのに、対等になれというのは…………それこそ対等じゃないのでは?」
「別に、従う義務はありませんよ。ただ、それに従わなかったら、主人の命に従わないということになるから、それも主従をやめることになる。」
「……………はめられたのか、これ。」
「まぁさか、そんなことは。」
わざとらしくそう言う翡翠の姿を見て、雷丸は何故か、この国が変わる予感がした。
「吾輩………早速ですが、貴方に友人として、早速言わなければならないことがあるんですよ。」
「なんです?」
「問題です。吾輩の左足首にある、この模様は、どこの一族のものでしょうか?」
「えっ…………これは、突然変異の紋様と、王族の紋様?!えぇ、う、嘘やろ?!?!」
「正解!」
「目と舌と頸の紋様以外、聞いてませんけど?!エレノア様が嘘をつくはずは……」
「知らなかったんでしょうね、吾輩が既に、記憶なんてなくても、自分の生まれを、足首を見ただけで理解していたなんて…………アリア様にも嘘ついたしなぁ。」
翡翠は確かに変わった。
だが、根底は全く変わっていない。
大好き。




