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百七十二歩目 「兄と母は嫌い?(III)」

翡翠がそういった瞬間、彼女はベッドから降り、勢い良く彼の元に飛び込んだ。

感情を、抑え込めなかったのだろう。



バッ!!



彼は、兄だけではなく母にまで抱きしめられるとは思っていなかったからか、思わず黙ってしまった。

桃簾に抱きしめられて、翡翠は、自分が人から無条件の愛情を向けられることに、慣れていないだと再認識する。

この時、どのようなことをすれば正解なのか、全く分からないのだ。



…………ここで ”正解” を考える時点で、彼がどれほど、このようなことに疎いかが窺える。




「ごめんね、今更、こんな急に抱きしめたりして、本当に…………」


「………いえ、別に、謝らなくても、大丈夫です。」


「今はただ、貴方に謝りたい。ただの自己満足だけれど、謝りたいの。」


「は、はい……」


「王政が崩壊したのだから、ベルが……貴方の父が死んだということ………貴方は覚えていなくても、辛い思いをしたはずだから。」


「…………………」


「本当に、生きているって分かってても、生きていてくれてありがとう。」




桃簾の言葉が本当であることは、翡翠にもしっかり伝わった。

………だが、翡翠はそれでも、誰かを信じることができずにいる。

抱きしめ返すか、自分もお礼をいうか、色々と考えてはいたものの、やはり、記憶を失ったところで、人間の本質が変わることはない。


翡翠の頭の中には、自分が昔に決めたであろう掟があった。

最初から朧気に覚えていた、数少ない記憶だが、彼は先ほどから、その掟が正しいのかという疑問を持ち始めている。



人を信用しない、都合の悪い人間は消す、信じるのはあの方ただ一人、と言った、意味の分からない決まり事が、頭に残っているのだ。




「…………あの。」


「何かしら?」


「なんとお呼びすれば?」


「なんでも嬉しいから、翡翠の好きに決めて。」


「吾輩の好きに……………」


「あ、なんでもだと困る?妾と同じタイプかぁ………妾は、馬鹿だから周りの顔色ばっか気にして、それが癖になってしまっただけだけれどね。翡翠がそうじゃないことを祈るわ。」




桃簾は、翡翠によく似た、悲しげな笑顔で、そう言った。





















数日後。


周りの、〔無理せずもっと休んでくれ〕という言葉を無視した翡翠は、正式に新家の当主兼、棟梁になってしまった。

頭が良く信頼できるからというだけで、棟梁代理を任されていた雷丸は、立場を何も言わずにあっさり譲渡、桃簾の指示で、今度は翡翠に従うことになっている。


雷丸は桃簾を棟梁扱いしていたが、実際のところ桃簾は女性なので棟梁になれていない。

その為、雷丸の立場は、一族に『棟梁やってね』と言われただけの臣下。

兄の遺言書を見せ、次期当主だった人が信頼していたという証明をしただけである。




本人も嫌々やっていたせいか、翡翠が跡を継ぐと言った時、雷丸は彼の母や兄を差し置いて、一番喜んでいたという。






「翡翠様………就任、おめでとうございます。」


「雷丸様、本音を言ってください。」


「いや、本音ですって。」


「おめでとうより、吾輩に対して、思っていることがあるでしょう。」


「……………あーあ、バレてたか。」




雷丸は、頭の良い翡翠との心理戦に苦戦している。

でも彼の中で、建前を言わなければという気持ちよりも、もうどうでも良いという気持ちが勝っていた。




「就任してくれて、ほんまに、ありがとうございます!!」




雷丸はあまり表情が豊かではない。

しかし、この真顔からですら、とてつもない喜びが感じられる。




「いやぁ俺、元々こんな仕事嫌いなんですけど、エレノア殿………あぁ、今は様で良いのか。エレノア様から連絡来た時、もうこの仕事嫌になっちゃって、後任が誰になるかもわからないのに、生誕魔法使っちゃったんですよ。でも魔法使って良かったです!!やっぱり俺の生誕魔法は、どんな願いでも叶うんやなぁ。」


「雷丸様の生誕魔法は?」


「願いを叶える生誕魔法です。」


「………もう一回。」


「願いを叶える生誕魔法です。」


「……………それ、どんな願いでも叶えられるんですか?」


「いいえ、人間に可能なこと限定になってます。この星の破滅とか、この世を作り替えるとか、そういうものは不可能かと。願いを増やすとか、この魔法を捨てるとかも、不可能ですし。」


「代償は?!」


「と、特に。」


「………………」


「………………」


「………………」


「あの………どうかしました?」

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