十九歩目 「浮気とお菓子とヤバイ人?(II)」
「ぴっちゅちゅぴぃ!」
エリーゼの声で、エピンはようやく目を覚ました。
「昨日靴を売ったんだ………遅くまで靴の説明したからまだ眠い……あと五時間半待って………」
しかし、エピンはやはり朝に弱い。
そして彼はもう一度眠りにつこうとする。
「ちゅっぴぃ!!!ぴちゅーちゅちゅ!!!!」
「何?!それは本当か?!」
エリーゼの衝撃の一言に、彼は驚きを隠せない。
「トルテの店が大変なことになってるなんて……!」
彼は急いで服を着替え始めた。
顔をおらうとフリルシャツに身を包んで、紙を結い、いつも履いている丈の長いズボンに着替える。
エピンには、意外にも早着替えの才能があった。
彼は歌も楽器も出来る。
色々と拗らせてなければ、すごい人物になれたかもしれない。
エピンは仮面をつけ、急いで外に出た。
「お前のお菓子のせいで倒れたやつがいるんだぞ!」
「ドアを開けて?謝ったらみんな許してくれるわよ!!」
「こんな店潰れちまえ!」
トルテの店の前には、沢山の人が集まっている。
老若男女が押し寄せているではないか。
だが、皆は店を批判しているように見える。
何かアクシデントがあったのだろう。
エピンは人の波をくぐり抜けてトルテの元に向かった。
しかし、当然ドアには鍵がかかっていて開かない。
どうにかしたいが、人に話しかけることもできない。
エピンが何もできずにいた、その時だった。
「火曜日じゃないのに休み?!そんな馬鹿な……」
エピンの横にいた男がぼそっと呟く。
深々とローブのフードを被り、誰か判別できない程だ。
顔は見えないが、雰囲気が何処か懐かしい。
すると、その男はどこかに行ってしまった。
一方、エピンはなんとか入る方法を探している。
そして、かなり際どい方法を思いついた。
「(蔦でこっそりガチャガチャしたら開かないだろうか……)」
蔦を使うのは怖いが、トルテに何かがあったのかもしれない。
仕方なく、彼はほんの少しだけ蔦を出現させることにした。
「絞めろ……絞めろ……」
彼は小声で唱える。
この魔法は、力の調整がかなり難しい。
根気強く念じ続けると、細い蔦が数本現れた。
キーピックは昔やったことがあるため、蔦でもなんとか開けることは可能だろう。
しかし、このままドアを開けてしまえばここにいる街の人々がこの店の中に入ってきてしまう。
エピンは焦りすぎて、後先考えずに行動してしまっていた。
トルテのことが心配で心配で仕方なかったのである。
今まで本当の……種族的な〔人〕にこんな心配するような感情が湧いたことがあっただろうか?
火事の時もそう。
メイのあの顔が、あの声が、嫌で仕方なかった。
もう二人のあんな顔は見たくない。
ここにいる人々全員を絞め殺す?
いいや、流石に善人を殺すわけには……………
そしたら……またあの目で……
『ぼくたちは…………様に殺される為に生きているようなものですよ!!!!』
あの目が……来る?
いや、そうじゃない!!
どうせ………助けたって傷つくだけだ。
そうだ、信頼していい ’’人間’’ はたった三人。
兄上、母上、弟。
それ以外は信じるな、信じない。
メイとトルテに気を許しすぎてはいけない。
僕から流れる血は簡単に流れていい血ではないんだ。
どうしてそんな当たり前ことを忘れていたんだろう?
この世の身分は血が全てらしい。
昔、弟から聞いたことがある。
一族の血のみ引く者の地位は高く、混ざれば混ざるほど身分が下がるそうだ。
偉き一族の血を持つ者ほど偉い。
弟は、何故か僕の従者だった。
同じ一族の血を宿していて、同じ一族の魔法も使えるのに、僕の従者だった。
頭の良さはほぼ同じだし、運動能力などに至っては彼の方が圧倒的に勝る。
その上僕は酷く病弱だ、後継ぎなら彼にすべきだろう。
なのに、何故僕を後継ぎだというんだ?
長男の兄上でもなく、一番優秀な弟でもなく、僕なんだ?
僕が書いたその字を見ると、僕よりずっと賢いその従者はこう答えた。
『それは、若様のお母様が ’’スタンツェ家’’ だからございます。』
兄上とも弟とも、母親が違う。
僕はそこで初めて家名による身分の差を知った。
エピン・フィススタンツェ。
僕はスタンツェ家の長男であり、同時に父のあとも継ぐとんでもない人材だ。
そんな器ではないのに、重大なこと全てがどんどん生まれながらの環境で決まっていく。
皆、僕がスタンツェ家の息子だと知ると顔色を変えた。
父の方の身分を言ってしまうと、さらに皆の顔色は変わる。
良い顔色と丁寧な扱いは、反比例することも知った。
メイもトルテも、本当の僕の名前知らない。
だから一緒にいてくれている、だからそばで笑ってくれている。
僕が相手をどう思っていようとそれは家柄で全て吹き飛ぶ繋がりだ。
助けたらきっと後悔する。
きっとまた傷ついてしまう。
だから、もう…………
ザーーーーーーーーー
エピンの心を表すかのように、突然雨が降り始めた。