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百六十六歩目 「崩れそう?(I)」

「……………………」


「あと………少し個人的な話になりますが、私には伴侶……厳密に言えば婚約者がおります。王城で従者として出会った彼女は、訳あって王城に預けられていた、エレノア家前当主様の娘さんでした。私が心の一族に戻れて、当主になったのは、彼女といとこであることが発覚したからです。彼女の父親、私にとっての義理の父は血縁的に、私のに当たる。私の母は、お義父様の妹ではなく、姉なので…………本来、私が継ぐものだったということ、そして前当主様が政治に興味がないということで、私が当主になりました。母が戻って継いだ地位を引き継いだわけではありません。その間色々な事情があり、翡翠とは離れ離れになりましたが……………なんと私は、倒れている彼と偶然、再会したのです。以前は家庭の事情もあり、彼から拒絶されていましたが………私は翡翠と、仲良くなりたかった。そして今も、弟として愛している。」


「………………!!」


「翡翠は、本当に酷い人生を送ってきました。彼が倒れていたのは、とある人と互いに、共依存し合っていたからです。その人物にも悪気はなく、翡翠にも悪気はない。二人は酷い価値観を植え付けられ、苦しい生活を強いられてきた。記憶を失ったのも、辛い記憶ばかりだったからでしょう。彼は不都合な立場をくぐり抜けるために、人の心を読んで、空気を読んで、心をすり減らしてきたのだと思います。」


「なっ…………」


「けれど………幸運なことに、その人物も翡翠のことを忘れてくれた。彼が幸せになれるチャンスが、やっと見えてきた。だから、だから…………」


「……………」


「翡翠を、よろしくお願いします。」




頭を下げているエティノアンヌを見て、雷丸は固まった。

なんて言えば良いのか、どんな反応をすれば良いのか、全くわからない。

目の前で笑っている人間が抱えてきたものが、少し聞いただけなのに、こんなに見えてしまうなんて。




「…………あの、エレノア殿。」


「なんでしょう。」


「何故……翡翠様をここに、連れてきてくださったのですか?」


「何故って、翡翠が帰るべき場所だから……」


「……………王が死んでから、四国は崩壊した。」


「はい。」


「貴方は、ご自分のことを次男だとおっしゃいましたなぁ。でも、貴方はエレノア家当主。いうことは………長男が亡くなった後、自分は跡を継がなかったってことでは?」


「…………!」


「それならば、跡継ぎは翡翠様でしょう。その上でもう一度聞きます。何故、翡翠様をここに連れてきてくださったのですか?」




エティノアンヌは、雷丸を見つめる。

彼を見つめていると……………昔の記憶が、次々思い起こされた。


その記憶を見ていると、これが、翡翠の本当の幸せなのかを、ずっと考えてしまう。

周りから見れば ”あの関係” は狂気に等かった。

しかし、あれで翡翠が幸せだったということに変わりはなく、それを改めて認識すると、これがただの偽善であるように思えてくる。



あれは依存、愛ではない。



頭ではそうわかってはいても、自分の見てきたものが本当であることを知ってはいても、どこかで彼の幸せを奪っているような感覚がした。

…………翡翠は、愛に慣れていない上に、愛に飢えている。

エティノアンヌは、先程の彼の素振りが、人との関わり方を知らない者の行動に見えたのだ。


あのままだったら、きっといつか翡翠にも限界が来ていただろう。

そうは思えど、それには明確な根拠がなく、彼をここに連れてきた今となっては、単なる予測に過ぎない。

弟に幸せになってもらいたいというのは、きっと自己満足で、本来の翡翠は幸せになりたくないのかもしれないと、今でもエティノアンヌはそう思っている。

今更兄として振る舞うことも、どうなのだろうかと、常に。




「翡翠に、一般的な尺度の幸せを、感じて欲しいからです。もう一人の弟に、会わせたくないからです。」


「幸せ………?弟………?」


「翡翠が依存していた相手は、次男である私の弟であり、四男である彼の兄…………三男。翡翠と三男は、兄弟でもあり、従者でもあり、親友でもありました。」


「え、どうしてそんな関係に?!」


「私は、何もできなかった。」


「…………!!」


「二人は、互いに互いを信じるしかなかった。周りの大人が、彼らを殺そうとしたり、利用しようとして、常に悪事を企てていましたからね。三男は周りから支持を受けていましたが、王にぞんざいに扱われていました。翡翠は王から好かれていたものの、周りから何もかもを否定され、度々殺されそうになっていた。だが、二人には何もかもが揃っていて、何をされても、大人より優れてしまったのだと思います。三男は人形のような美しさとオーラで人々を魅了し、大人を動かした。翡翠は大人より強く、都合の悪い人間を暗殺したり、王を操ったりしていました。そして二人共、相手の心を読み、最善な手段を考えられてしまう。」


「………当時の、お二人の年齢は?」


「四、五歳くらい。」


「四、五歳?!そんな馬鹿な!!いくらなんでも幼すぎる!!!」


「ふふ、でも…………そんな幼い弟二人を、私は放っておいた。」


「ど、どういう………」


「私は、従者の一人を三男の母に奪われてから…………どこかで、彼を憎んでいた。原因は彼ではなく、彼の母親とそれを黙認した父。その上彼は、大事な人間を守るために、私の従者を犠牲にしたというのに。」


「……………」


「その後、友人も母も殺されて、私はとうとう彼を許せなくなった。私自身も、許されざる行為を重ねてきた。それで大事な存在を失いそうになったのに、私はそこから逃げて、今では普通に暮らしている。表面上は彼と和解したけど、今も許せていないのかもしれない。馬鹿馬鹿しいな……………自分自身が悪に手を染めておきながら、彼のことをまだ憎んでいるなんて。彼が今までの罪の全てを忘れたからか、それとも私の記憶力で、その過去全てが思い出されてしまうからか。それはもうわからない。」


「…………!!」


「私は、なんて傲慢な人間なのだろう。散々傷つけられて、その痛みを知っているのに、三男と同じことを繰り返している。大事なものを守るために、誰かの大事なものを犠牲にしてきたんだ。彼の方が、私より余程聡明だ。これを全て理解した上でやっていたのだから。」


「待ってくださいよ!!」


「………何か?」


「許せなかったって………そんなの当たり前や!ただでさえ子供なんに、そんな割り切れていいもんじゃない!!なのになんで、自分を責めるんですか!?」


「私が一番愚かだから。」


「はっ。す、すみません。出過ぎた真似を………」


「別に良い…………ですよ。」




エティノアンヌがそう言ったのを聞いて、雷丸はどうすれば良いのかわからなくなる。

雷丸の生い立ちも、決して幸せと呼べるものではない。

翡翠の幸せを託されるのは光栄なことだったが、彼は、普通の幸せを翡翠に届ける自信がなかった。

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