百六十四歩目 「見つけられない?(III)」
「………………?!」
「ノアは翡翠のことを弟だと思っていたけれど、翡翠はそうじゃなかったんだ。ノアはずっと昔から、翡翠に嫌われてた。」
「な、なんで、吾輩はそんなことを…………」
「こればかりはノアが悪い、君の大事な人を、深く深く傷つけてきたから。」
「………エティノアンヌ様が、そんなことをするようには、見えません。」
「事実だよ。君の大事な人に、大切なものを全部奪われたから、恨んで、深く傷つけた。」
「………………ご、ごめんなさい。」
「ノアは大丈夫。でも、急にどうしたの?」
どうすればいいのか、分からない。
翡翠は、今まで感じたことのなかった、信頼しているが故の、謎の気まずさを感じていた。
彼は、兄の質問に答えたくなかったようで、顔を背ける。
そして、再び襖を開けた。
「初めまして、新翡翠と申します。」
エティノアンヌは、少し翡翠が心配になる。
……………彼が、もう全く震えていないからだ。
精神が安定すること、それ自体はいいことなのかもしれない。
だが、正直エティノアンヌには、翡翠が無理をしているように見えている。
彼の変わりようは、もはや〔取り繕う〕の域を、超えていた。
それはもう、先程までの素振りが、まるで全部、嘘であったかのように。
翡翠の声を聞くと、棟梁代理が、こちらを振り返る。
「俺は、棟梁代理の、雷丸って言います。」
雷丸がそう言った、その時だ。
彼の視界に、エティノアンヌが入る。
着物姿のエティノアンヌを見て、雷丸は、思わず動揺してしまった。
「貴方、その格好…………」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも。」
「では、改めて自己紹介を……………私は、エティノアンヌ・ヴィラール・カルティエ・クレール=マインドハート=エレノア。本日は、お時間を頂けて光栄です。」
エティノアンヌは、ゆっくりとお辞儀をする。
雷丸も、反射的に少し深く頭を下げた。
雷丸は、エティノアンヌの優雅さと気品、そして力強さを感じとっている。
先程のお辞儀にすら目を奪われるほど、彼はとても綺麗だ。
だが、それは決して、すずの音がなるような、儚げなものではない。
この美しさは、一種の威厳、重圧だ。
これが、俗に言うカリスマ性というものなのだと、雷丸は悟る。
雷丸は、彼がここに来るまで、全く信用していなかったが、エティノアンヌを一眼見た瞬間に…………彼は本物だと、本能で感じた。
「…………お掛けになってください。」
「ありがとうございます。」
雷丸は翡翠のことも気になっているが、それよりもエティノアンヌが気になって、仕方なくなっていた。
………………彼の動作の一つ一つは、洗練されていて、ずっと見ていられる。
椅子に座る動作一つさえ、見入ってしまうのだ。
「そちらの方が、翡翠様で………?」
「はい。」
「貴方は…………記憶が、無いと伺っています。本当に何も覚えていませんか?」
「……………何も。」
「………エレノア殿。失礼ですが、翡翠様本人だと、特定した根拠を、お聞かせ願えんせん?」
彼は、まだ二人に気を許していない。
「根拠ならあります、ですが……………この話は、絶対に口外しないと約束してください。できないのなら、翡翠には北の一族本家の、養子にします。」
「……………!!」
「そして口外した場合、貴方と、その情報を知っている可能性がある人間は……………皆殺しにします。」
「わ、わかりました。ですが、信用に足らないと判断した場合、俺はエレノア殿を拘束しますが、よろしいですね?」
「ご自由に。」
「………………はい、では、どうぞ」
エティノアンヌの凄まじい圧に、雷丸は押し潰されそうになっていた。




