百六十三歩目 「見つけられない?(II)」
見た目の美しさに惑わされそうになる、この独特の何か。
付け焼き刃で、こんな高貴な雰囲気が出せるのか………?
「よ、ようこそお越しくださいました!!」
あたしは、何を言っている?!
軽蔑しろと、蘭羽様に言われたでしょう……?
でも、この………謎の圧が………………
「棟梁代理はどちらに?」
「今すぐ、私が案内いたします。どうぞこちらへ!」
「ありがとう、助かるよ……………翡翠、おいで。」
女性は、エティノアンヌの雰囲気に圧倒されてしまった。
その後ろにいた、翡翠に気づかないほどに。
「こちらでございます。では、私はこれにて。」
「道案内、ありがとう。」
「ははっ!」
二人は、棟梁代理の部屋まで来た。
そして、ゆっくりと音もなく、襖を開ける。
棟梁代理は後ろを向いており、こちらにまだ気づいていない。
エティノアンヌが声をかけようとしたが、翡翠が袖をつかみ、それを止めた。
翡翠は、不安そうに兄を見つめる。
そんな顔の弟を見るのに、エティノアンヌは耐えられなかったのか、彼を強く引き寄せ、しっかりと抱きしめた。
エティノアンヌは、彼が内心、何かに怯えていることに勘付いていたのだろう。
今まで何もしてこれなかったという事実と、それから来るやるせなさに、エティノアンヌ自身も、自分を責めていたのである。
例え兄にどんな嘘を吐かれても、不自然な態度をとられても、翡翠はどこかで、ちゃんと彼を愛していた。
信じることはできないが、彼がしっかり自分のことを思ってくれていることは、理解している。
それが弟である自分のためであること、そして、兄が心を押し殺してまで何かを犠牲にしていたことが、分からなかったという訳ではない。
小刻みに震える自分の体を、翡翠は、エティノアンヌにもう少し寄せた。
…………不安をなくすために、しっかりと、兄の体温を噛み締める。
エティノアンヌに抱きしめられていると、彼の背が高いことも相俟って、自分自身が、さらに子供に見えてきた。
翡翠は、疑問に思う。
…………かつて、こうやって誰かに、愛されているという感覚を、教えてもらったことがあっただろうか?
自分の中のどこにも、純粋に愛された記憶はない。
記憶を失ったとはいえ、料理をしている時など、こんなことをしていたような気がすると、なんとなく感じることは多々ある。
だが、愛されていたという感覚は、あまりなかった。
少しあれど、何かがおかしくて、気色悪くて、それが愛と呼べるものなのかは、正直怪しい。
少しすると……翡翠は兄の手を振り解き、襖をそっと閉める。
エティノアンヌは驚いて声をあげそうになったが、翡翠が人差し指を口に当てたのを見て、小声で話すことにした。
「どうかした?」
「……………」
「無理そうなら、二人で帰っても良いよ。」
「いいえ、そうではなくて。聞きたいことが……」
「なぁに?」
翡翠は、小声のまま、兄に聞いた。
「吾輩は昔、あなたのことを、なんとお呼びしていましたか?」
弟の顔から、真面目に聞いていることが窺える。
しかし、エティノアンヌは苦笑した。
………その答えが、翡翠の求めるものとは、かけ離れていることが、容易に想像できたからである。
「…………………塵、かな。」
「………え?」
「塵って呼ばれてた、ノアは、君から嫌われてたって言ったでしょ。」
「そ、その………もう少し子供の頃の呼び方です。」
「だから、塵だって。」