百五十六歩目 「もう一人居るよね?(II)」
「……え?そんなことで?」
「人が、なんのために行動したのか分からないと………なんか、気持ち悪くて。」
「じゃあ、簡潔に聞くわ。翡翠、家族は?」
「エティノアンヌ様です。」
「他の人は?知ってることはない?」
「覚えていません。分かっているのは、実の母と父以外、エティノアンヌ様しか家族がいないことくらいで。」
「…………やっぱり。」
「………………?!」
翡翠の顔が、不安に染まった。
…………今まで無視してきた不信感が、一気に襲ってくる。
あの涙は、本物のはず。
でもきっと嘘を吐かれていた。
なんで?なんで?弟の幸せを考えてるって言ってたのに?
「……………………貴方には、もう一人兄弟がいる。兄か弟かは知らないけど。」
「嘘だ、有り得ない!いや、異父兄弟なら有り得………馬鹿を言うな翡翠!それなら家系が違うはずだろう?!無理ですよそんなこと、吾輩の父が三度も私通を………」
「あー、不倫扱いしてるってことは……………本当に自分の境遇、知らないのね。やっぱ、リアも何か隠してそう。」
「何を言ってるんですか?!こんな行為、不貞以外の何でもない!!どう扱えと?!」
「頭の良い翡翠なら、リサが嘘を吐いていないことくらいわかるはずよ。」
「巫山戯ないでください!吾輩を揶揄うのはやめ……」
「お願い信じて!嘘なんてついてない!!」
「そんな…………」
「最初、誰かに似ていると思ったの。見た目は全然違うのに雰囲気が、$#&……そっくり。」
「………………?!?!」
「…………翡翠?」
「頭が、割れ……る?」
「@*¥………覚えてない?」
「あ………あぁ…………」
「翡翠!翡翠!」
翡翠は、耳を塞ぐ。
吾輩の名は、新翡翠。
父と母と兄がいる、父と母の行方は分からない。
これ以外の情報はいらないんだ、いらないのに………どうしてこんなに、他人のことが分かってしまう?
相手を見て、つい考えて、言い当てて、弱みを握る。
………他者の考えと行動原理が分からないと、信頼できないから。
だって、相手のことを全て把握しないと、不利な立場になるでしょう?
舐められたら終わりだ、強く生きろ。
あれ………吾輩は、どうして、こんなに周りを疑って生きているんだ?
生きて会わなきゃいけない人がいる、守らなきゃいけない、 ”あの人” がいる。
けど、誰だっけ?全く思い出せない………
勉強も武術もやらなきゃ、毒を当てなきゃ、もっと美しくならなきゃ。
…………そうだ。
敬愛するあの人が読んだ本は、吾輩も全て読もう、あの人と同じくらい。
小説に書かれた剣聖のように、何度も剣を振ろう、その彼と同じくらい。
戦えても毒殺されたら無駄だ、沢山の毒を見よう、毒に怯えないくらい。
殺すのに躊躇してしまう美を、麗しい人になろう、皆が見惚れるくらい。
嗚呼、貴方様のためならば、吾輩はなんだって出来る。
お会いしたあの日、吾輩は貴方様のお言葉に救われました。
恩返しがしたいだなんて、とんでもありません!
吾輩が今、御恩を返しているところでございます。
吾輩を、ずっとお傍においてください。
どんな形でも構いません。
従者でも、弟でも、愛玩動物でも、奴隷でも、道具でも、なんだって構いません。
貴方様が望むものが、吾輩の望みなのですから。
吾輩が求めるのは、絶対的信頼のおける人間でいてもらうこと、そこに、少しのスリルと予想外があれば良い。
大事な人に会うというゴールは、吾輩にとって遠過ぎた。
だから、貴方様をお守りするという、素晴らしく、明確かつ、半永久的なものに、縛られたかったのです。
それが一度亡くなった時、吾輩は、何か自分にとって、重大だったものを、貴方様のために全て投げ出してしまった。
でも後悔なんてしていない、貴方様のお傍にいたかっただけ、吾輩から生きる理由を奪ったもことは、許されないことでございます。
一番なんていらない、愛なんていらない、不必要だと思われていても構わない。
ただ貴方の隣に、ただ貴方の隣にいる権利を。
けれど…………死ねと言われても、隣にいられなくなる悲しみなんかなくて、きっと予想外と興奮の圧勝。
吾輩に指示をくれたこと、吾輩に『死ぬという権利』をくれたことが嬉しくなってしまう。
異常者だ、そんなの知ってる。
でも異常者で居る方が、まともに物事を考えない方が、ただ貴方様を生きる理由にする方が、ずっと幸せ。