外伝 「馬鹿と桃色に染まった頬(II)」
「雷丸、兄様を暗殺した人はどうなった?」
「染人様をころしよった奴は…………おれが殺しました、染人様を守れず、本当に申し訳ありません。」
「あんなに強い貴方でも、そんなに傷が………………」
雷丸はかなり強い。
…………だが、彼はたった四歳の、幼い従者である。
兄様を殺した人間は、こんな子供相手に、本気で向かってきたの?
「…………雷丸。」
「ぐすっ………うぅ、ひぐっ………」
「無理をする必要はないわ。」
「………!」
「…………………おいで。」
妾が手を広げると、雷丸が飛び込んできた。
「あぁ、あ………うわぁぁぁぁぁぁ…………!!!」
「それでいい、泣いていいのよ。」
「染人様の嘘つき!!一緒にいるって、言いはったのに!!!おれ、どうすれば…………先生に、なんて言えば………悪い子って言われてまう。」
「雷丸はいい子。兄様の言葉を守って、兄様に何かあるまで手紙を開けなかったんだもの。」
「うぅ………」
二人だけなら、たった一つ幸せになる方法がある。
だけど………妾は………………
「雷丸、妾は………王城で踊り子になるわ。心の一族に土下座して。」
「そんな!お、おれは、どうすれば…………和の一族は、どうなるんです?!」
「もう少し大きくなるまで、妾の友達のところにいてもらう。心の一族の友達がいるの、ステファーヌって子。年上なんだけど、無邪気で可愛い子よ。」
「あの!!それだと、おれはよくても………………貴方様が………………………」
「妾は大丈夫。いつか和の一族を、取り戻すわ………………だから雷丸、それまで待っていてくれる?」
「は…………はい!!」
ごめんね雷丸、嘘ついて。
妾は、絶対に帰って来れない。
踊り子になったら、元の国には二度と帰れないし、誰かに買われないと結婚も許されないから。
でも、これしかないのよ。
……………妾たちが生きる方法は。
「_____ 桃簾様!!」
妾は、名前を呼ばれて思わず振り返った。
「絶対、絶対ですよ!ずっと、待ってますから!」
あぁ、馬鹿みたい。
妾は……………兄様より、ずっと馬鹿だったのかしら?
雷丸と別れて、三年くらい経っただろうか。
妾は、奇跡的に踊り子の才があったようで、今では、一人で舞って欲しいと頼まれるほどの、そこそこの踊り子になっていた。
周りにも恵まれ、華やかで美しい生活を過ごしている。
なんだかんだこのまま老い、他の踊り子を指導する道に行くのも、悪くないと思えるようになった。
だが……………平穏というものは、いつも簡単に崩れ去る。
「………………お前、名は?」
男に、声をかけられた。
先程………妾たちが踊った広間にいた者かしら。
でもなんか面倒だし、無視よ無視。
また、この額にある一族の模様を、蔑まれるに違いない。
スタスタスタ……
……………待って。
さっきの人、もしかして王様?
いや、先代は亡くなられたけど、まだ儀式は済んでいないから、不敬罪には当たらないわ!
王子を敬うことは強制ではないから、大丈夫なはず。
「そこの娘、待ってくれ。」
「……………」
「僕の声が聞こえないのか?」
「…………………」
「踊り子の娘!待てと言っている!!」
しつこい!!
王子だからって、何しても許されるわけじゃないの!
「さっきから何度も何度も、一体どんな御用でしょうか!!」
「髪飾りが左右で違う。」
「…………………?!」
やってしまった、どうしよう。
こんなことで信用を落とすなんて馬鹿みたい。
それに、この人はそれを教えに来てくれたんだ。
普段話しかけてくる人間が、ナンパとか一族の悪口を言いにくるとかだったからって、決めつけてた。
馬鹿、最低、最悪。
「す、すみません。私………」
「安心しろ、皆には〔堕遊戯〕で幻覚を見せておいた。」
「え?」
「お前は踊りが上手い。妬まれ、髪飾りを背後から変えられてしまうこともあるだろう。」
「ど、どうしてこんな私に、そんな魔法を?!私は東の……」
「自分に流れる血で、己を否定するな。」
「……………!」
そうだ、自分を血で否定したら駄目だ。
雷丸、蘭、兄様も、全て否定することになってしまう!!
こんな変な男に、再認識させられるなんて。
「僕はお前の踊りが見られなくなるのが嫌なだけで、他意はない。僕は踊りが好きなんだ…………まぁ、踊る方が好きだが。」
「踊る………男が?変なの。」
「確かに、踊るのが好きな男は珍しい。だが、正直………権力も政治も女道楽も、全てどうでも良くてな。紋様を継いだというだけで、それら全部と一緒に、いらない塵もついてくる詰め合わせパックだ。今の僕には、踊りくらいしか楽しみがない。故に娘、お前の舞が見られなくなると、困る。」
「そこまで言い切るんですね。」
「あぁ、今の僕なら、何があっても君を守るだろう。」
「……………気色悪い。」
「ふふ、僕にそんなことを言って、大丈夫なのか?」
そう言って、彼はどこかに行ってしまった。




