百四十八歩目 「不安と違和感に襲われて(III)」
「だって、母親のことは母さんと呼ぶのに、父親のことは父親としか呼ばない。貴殿の父親が、ろくなお父様ではなかったことが伺えました。女性関係がだらしない人間だったのであれば、一族や貴族の侍女に手を出してもおかしくない。吾輩がエティノアンヌ様を拒絶した理由も、家族関係でのことだと推測できる。エティノアンヌ様は先程、吾輩に苗字を名乗りませんでした。実家ではなく、この屋敷に住んでいることを考えると、エティノアンヌ様は吾輩の兄でありながら、家を継いでいないということになりませんか?他に兄弟もいなそうですし、吾輩のお母様が本命だったのでしょう。両方とも侍女との子なら、貴殿が跡を継ぐはず……………あぁ、それとも紋様ですか?アルバート家の紋様がないから、とか。」
エティノアンヌは、なんとも苦い笑顔を見せる。
やはり、翡翠は騙せそうにない。
弟を幸せにすることなんて、できるのだろうか。
二人の実の父親………………ベルエギーユは、アルバート家から王族に嫁いだ女性と、当時の王の間に生まれた人間だった。
そのため、ベルエギーユはアルバート家の紋様と、王家の紋様を継ぎ、翡翠だけが彼から、アルバート家の紋様を継いでいる。
ベルエギーユが、アルバート家に翡翠のことを、形だけ養子にしてほしいと頼んだのは、アルバート家が信頼できたからだ。
なんで彼は、こんなに他者の考えを、読んでしまうのだろう。
……………色んなことをはっきりさせないと、生きていけなかったのかもしれない。
翡翠は、主人以外の人間全てを信用していなかった。
子供だからと言って、舐めるなよ。
…………大人の考えなんてわかっている。
あの人に手出ししようものなら、吾輩が直接わからせればいい。
子供の頃から、翡翠はなんでも一人でやろうとする人間だった。
普通ならば、誰かが助けてくれるものだが、彼はなんでも一人でできてしまっていたので、誰も気に留めなかったのである。
…………………ただでさえ関わると面倒なことになりそうな子供に、優しくしてくれる人間なんて、王城にはいない。
彼は、常に最適な顔を見せてきた。
「ねぇ、翡翠…………一緒に心の一族のところに行こう。」
「と、突然ですね……」
「この子と、リアのことも考えなきゃいけない。私の母さんは、和の一族と信仰があったらしいから、君のことも受け入れてくれる。」
今度こそなんとかして見せる。
絶対に後悔しない選択肢を選んでやる。
やっと、彼が幸せになれる可能性を見つけたんだ。
そう簡単に、その可能性を手放すつもりはない!!
後日。
アリサにちゃんと電話を入れてから、四人は、心の一族の本家に突撃した。
アリアがインターホンを押すと、玄関で待っていたのか、すぐに扉が開く。
ガチャ
扉から出てきた女性は、すぐにアリアを抱きしめた。
「リア、本当にごめんね……」
「………………ちょっとママ!三人の前で、やめてよ、後で。」
アリアは母を強めに突き放す。
そして、改めて、自分たちが何をしにきたか説明した。
「分かったわ。この子はこっちでなんとかする。翡翠さんも、しばらくの間はここでゆっくりしていってもらうわ。」
少女と翡翠が使用人に案内されたので、これでこの場は三人だけの空間だ。
アリアの母は、ふと、エティノアンヌの方を見る。
彼女は、少し動揺していた。
彼の姿が、優しかった義理の姉に、そっくり過ぎて、目が離せない。
……………思わず見惚れてしまうような銀髪に、吸い込まれそうな赤い瞳。
違うところがあるとすれば、彼女より背が高いことと、瞳に紋様があることくらいだろうか。
その紋様は、よく見ると心の一族のものであることがわかる。
「…………義姉さん?」
「初めまして。」
「貴方は………………誰、なの。」
「私の名前は、エティノアンヌ。ステファーヌ・ヴィラール・カルティエ・クレール=マインドハート=エレノア………………彼女の、息子です。」
「まぁ!」
彼女は、とても驚いた。
それもそのはず、ステファーヌは死んだと、夫からそう聞いていたのである。
彼女に子供なんて、いないものだと思っていた。
…………普通なら疑うところだろう。
だが、彼はステファーヌに似過ぎている。
赤の他人がここまでそっくりなんてことはない。
それに、彼の目には心の一族の紋様がある。
血液を鑑定すれば、夫との血の繋がりを確かめるくらい、簡単なことだ。
「……ねぇ。」
「何でしょうか。」
「今、貴方はおいくつ?」
「21です。」
「…………………そっかぁ。甥っ子と初めましてなのに、もう成人どころか…………二十歳超えてるんだ。あらら、強めのお酒飲めちゃうね。」
「…………はい。」
「私の名前、まだ言ってなかった。私はサンマリア。」
「………すみません、もう一度お願いします。」
「サンマリアよ、不思議な名前でしょ?私のお母様、最初はマリアにしようと思ったらしいんだけど、太陽みたいになって欲しいって思いも込めたくなって、サンマリアにしたらしいの。……………そう言えば、貴方のお名前、何だっけ?」
「エティノアンヌです。母からは、味方が誰一人いなくても、自らの命にかけて、己の信じたものを貫け。例えそれで死んでも、自由を望んで行動した自分を誇ってほしい…………そう思ってこの名前にしたと、聞きました。」
「素敵な名前ね、とっても。」
「そちらこそ。」
「えっと、貴方は………心の一族、継ぎたいってことで良い?」
「…………はい?」
「あら、じゃあなんでここに来たの?」
「えっと、それは…………」
「遠慮しなくていいよ!あの人、政治に興味ないから!それに、心の一族は、長女だった義姉さんが継ぐはずだったから、本来エティノアンヌが継ぐべきよ。」
「いやいや、ノリが軽過ぎませんか?!」
「リサからも、なんとなく聞いてるわ〜♪リアを助けてくれたんでしょ?ほんと良い人、もういっそのこと、うちの娘一人をもらってほしいくらい!恩人だし、あの優しい義姉さんへの、恩返しをさせて。」
「…………とりあえず、一つ報告させてください。ここに来た目的を。」
「あ、忘れてた。良いわよ、今言って。」
エティノアンヌは、アリアの左手首を、右手で握った。
そして、自分と彼女の左手を、重ねて見せる。
「申し訳ありません。大変遅くなりましたが、結婚のご挨拶をしに来ました。」
「あら、指輪?!あらあら?!」
「えっ………あの、アリサさんから聞いてませんか?」
「…………あぁ!なんかそんなこと、言ってた気がする!!ごめんなさいね、リアが来るからってはしゃいじゃって♡」
「な、なるほど………?」
「とりあえず、上がってね。あの人も呼んでくるから。」
次回からは外伝です!
お楽しみに(・▽・)