百四十七歩目 「不安と違和感に襲われて(II)」
「ちょっと伺いますけど……………お嬢さん、もしかして馬鹿ですか?」
「……………え。」
「アリア様に何かあれば、エティノアンヌ様が魔法で吾輩をとっくに殺しています。本当に殴るはずなんてない。エティノアンヌ様も、それを理解しているから、もう髪を乾かし終わったのに、少し離れた場所で聞き耳を立てているのでしょう?」
彼は、足に絡み付いた蔦を、刀でサッと斬る。
そして…………ドアの陰から、エティノアンヌが出てきた。
「翡翠は…………本当に加減が上手だね。すごくイラつくし、殺意も湧くんだけど、ギリギリ耐えられる。」
「計算済みです。」
「…………すごいなぁ、本当に。」
「怪我もさせてないし、なんなら指一本触れてませんよ。服にしか触ってないですからね♪」
「うん、知ってる。植物で複製した目を介して、ずっと見てたから。ずっと。」
流石の翡翠も、エティノアンヌの圧に、少しだけ体が硬直しかけた。
「リアに指一本でも触れたら、例え君でも殺す。」
彼はそういうと、翡翠に向かって、にっこりと笑う。
それを見て、翡翠も笑顔になった。
「吾輩……………遊び過ぎて、何が本当で何が嘘だか、わからなくなっちゃいました。」
「ノアも、何がなんだかよくわかってない。」
「でも、やっぱり人を騙すのって、楽しいですよね?ね。ね!」
「ねぇ……さっきあんなに怒っていたのも、嘘なの?」
「さぁ、そんなの吾輩にもわかりません。」
アリアも少女も、翡翠の変わりように唖然としている。
「………………正直ノアは、翡翠が本当に記憶喪失なのか、ちょっと疑ってる。」
「何故ですか?」
「あー、でも流石にないか。ノアのこと、抱きしめてくれたし。」
「それ……………心から信頼して抱きしめた、演技かも知れませんよ?」
「いいや、あれは……いくらなんでもお芝居では出せないよ。」
エティノアンヌは、少し呆れた顔で弟を見つめた。
「とりあえずノアと翡翠の関係は、教えてあげよう………かな。」
「……………………おっと、これは予想外。」
「先に言っておくね…………隠してるのは、翡翠との関係性じゃないの。」
「……?!」
「ノアが知られたくないことは、君のトラウマと、君が今までやってきた行動について。そのくらい。」
「まさか、それだけ……?」
「そうだよ。翡翠に拒絶されてて、お兄ちゃんらしいこと、何もできなかったもん。」
「そうですか…………ふふふ…………」
「………どうしたの?」
「あぁ、すみません。何故か高揚してしまいまして………………結局、吾輩たちの関係性は?」
「兄弟!」
「…………………は?」
「血の繋がった兄弟だよ、だって母さんは違くても、父親は一緒だから。」
「………あり得ない。」
「本当なんだけど。」
「異母兄弟だって、言いたいんですよね?」
「そろそろノアも、翡翠が言いたいことを当てようか……………父親が法律違反を承知で結婚した後、また別の国の人間と浮気したなんて、あり得ないってことでしょ。」
「はい…………その上、二人とも母に似たと言い張るんですよね。」
「いいや、ノアが母さんに瓜二つだっただけで、翡翠は父親似だと思うよ。小さい頃の写真、見せようか。」
「大丈夫です、そこまでいうなら信じますから。」
「………………流石に、翡翠のことが怖いな。記憶が戻らなくても、自分の正体に気付きそうで。ノアが一言二言喋っただけで、君は、ノアが何を考えているか分かってしまう。」
「そんな、超能力者みたいなことは出来ませんって………」
「じゃあなんで、ノアを信じる気になったの?」




