百四十五歩目 「違和感は無視しなきゃ(IV)」
「エティノアンヌ様が嘘をついていると分かる理由、それは…………ずっと、自然過ぎる安全策しかとっていない為です。」
「安全策…………」
「昔のことを覚えているか………そういう箇所を細かく聞かないのは、吾輩に、記憶を思い出して欲しくないからだと考えれば、筋が通っている。」
「何が、言いたいんですか。」
「…………正直、怖い!」
「怖い?」
「エティノアンヌ様は、まるで吾輩と話す時、初対面の人間を相手にしているようだから。話していても、エティノアンヌ様の中に、昔いたはずの ”翡翠” がどこにも感じられないのです………それが自然過ぎて、一周回り不自然なほど。」
「な……………!!」
「エティノアンヌ様が、 ”翡翠” とどのように接し合ってきたのか、全く分からない………………あの涙が、上っ面だけで流せるものではないことくらい、分かります。でも、ずっと何かが心に引っかかってて。………起きた直後、翡翠に沢山辛い思いさせてきたって、言われました。あんな顔はもう見たくないとも、言われました。でも普通に違和感のない笑顔で、困惑せずに弟と話せているのだから、吾輩の今の性格は、元の性格とほとんど同じだと考えられる。吾輩の今の性格は、辛い過去に囚われている時は一人にしておいて欲しいタイプだと思います。だからきっと、吾輩は助けが必要だった時でも、エティノアンヌ様を突き放していたのではないでしょうか……………エティノアンヌ様は止められなかっただけで、エティノアンヌ様が悪いというよりも、吾輩が何かに執着し過ぎて、我を忘れてしまった可能性が高い。」
「なんで…………なんで。」
「けど…………突き放していたとしても、結果的に、吾輩の命を救ってくれました。それは、ずっと吾輩を見守ってくれていたということ。命を救えるほど、すぐ近くで。」
「それは実際、すぐそばにいたから……」
「だから、吾輩は、兄弟で同居関係にあるかと思っていました……………しかし、アリア様は吾輩のことをあまりよくは知らない。でも長年エティノアンヌ様と共にいたような感じがする。エティノアンヌ様も、いくら顔が変わってても、眼球があっても自分のことくらいわかるだろう?と、吾輩に聞いてきた。…………妻が出来て、顔が変わるほど、長い年月を吾輩と離れて過ごしていたことになります。おかしいと思いませんか?どうやって吾輩の生命の危機を知って、救ったのでしょう。わざわざ凍らせて遠くから、ここに運んできたみたいですけど。」
「…………………」
「エティノアンヌ様は言っていた。 ”罵倒されることも覚悟していた、ノアと呼んでくれなかったのに、眼球があるからわからないの?” 仲の良い兄弟とは、到底思えない台詞ばかり。弟に罵倒され、弟は自分のことをあだ名で呼んでもくれず、もはや眼球に至っては意味不明………………吾輩の記憶喪失は想定外だったようなのに、罵倒されることが想定内であるように見えましたよ。」
アリアは、とてつもない恐怖を感じた。
少女は口を挟む余裕もないほどに、カタカタと震えている。
話の内容や真実を、少女は知らない。
ただ、そこに恐ろしい何かを感じ取ってしまい、ただただ震えが止まらない。
「第一………………吾輩の目にあるのは、確か和の一族の紋様だ。そして、舌と首の後ろには標識のような、普段は見えませんが、王国貴族アルバート家の紋様がある。しかし、エティノアンヌ様の目にあったのは、心の一族の紋様でした。それは、どちらかの親が、二種類の紋様を所持しており、それぞれに遺伝したということになります。ですが………それだと法律違反していることになりませんか。異国の人間同士が結婚し、ましてや子供を出産など死罪になってしまう。」
「いいえ!この法律は古くから存在するもので、ここでの異国の者同士というのは、王国とそれ以外の国を指します。例えば、東の国と北の国の人間が結婚することは可能です。和の一族と北の一族に生まれた子供を、王国の人が養子に迎えれば、その養子の国籍は王国になる。その養子と、王国の人間が結婚することは、法律違反ではありません。記憶が少々あやふやなのでは?」
「紋様を持って生まれた、後継ぎにもってこいの子供を、養子に出します?……引き取る方も、紋様のせいで、子供の本来の生まれがバレる。吾輩たちは、顔や顔の近くに紋様がありますから、きっと両親揃って、目立つところに紋様があったでしょう。すぐ卑しい国の子だと、噂になってしまうとは思いませんか。差別がなくなったなんて、そんなの嘘………どこかで、こんな気持ちを味わったことがあるような、ないような。」
「でも…………あり得ない話では、ないですよ。」
「百歩譲って、そのような養子を引き取った、変わり者がいたとしても………その養子と結婚する人はいないと思います。いても親が大反対するかと。」
「…………………!」
「エティノアンヌ様と吾輩は、髪色も目の色も、声色も肌の色も……………似ているところが何一つない。顔立ち、骨格、髪質、身長、性格………どこか、似ているところがあるでしょうか?」
誰も信用出来ない、そんなの忘れる前から、当たり前だった気がして……………