百四十歩目 「やめられないし止まらない?(IV)」
「確かに、どこかで会った気はしてたけど、流石にそれはないッスよwww」
「そうですわ、あはっ………エピンさんっぽくないエピンさんが、脳裏にちらつくことはありましたけど、そんなのあり得な、あははっ!ははは!」
「あははっは!!」
「あーははははっ!!ふふふふ、あはは!!」
エピンは、少しイラついた。
確かに、馬鹿げた質問かもしれない。
だが、彼としては、一応真面目に聞いたつもりだったのだ。
彼は、本気で論破しに行こうと、心に誓う。
【じゃあメイ、いつも履いている靴は、どこで手に入れた】
「えっと…………覚えてないです。」
【じゃあ値段は?】
「………………さぁ、親に買ってもらったんですかね。」
【子供の頃から、お前の靴のサイズは変わっていないと】
「いや…………」
メイは、本当に覚えていないようだ。
だが、ここまで靴のことを知らないのは、少々不自然である。
自分で買ったか、買ってもらったかも覚えていないのは、正直言っておかしい。
【なんで、こんなどうしようもない僕を、助けてくれた?
僕は嬉しかったが、善人の域を超えていると思う】
「な、なんとなく、助けなきゃって………」
【何故お前は、メロンパン屋をやっている?】
「え……その………」
【自分でも訳が分からない、そう言いたそうな顔をしている】
「っていうか、それがなんだっていうんですか?!なんの話ッスか?!」
【メイのしてきた ”行動” の理由になったものが、自分の意思なのかという話だ】
メイは、自分が怖くなった。
今までただの第六感で、動いていただけだと思っていたのに、それが偶然ではないかもしれないという、恐怖が押し寄せてきたのだ。
なんとなく、メロンパンを作っていただけ。
なんとなく、声をかけただけ。
なんとなく、仲良くなっただけ。
なんとなく、前にもあった気がしただけ。
なんとなく、放っておけなかっただけ。
なんとなく、助けなきゃって思っただけ。
何個の、〔なんとなく〕を今まで無視してきたのだろう?
そう言われてみると、本当になんとなくなのか、自分を疑ってしまう。
この靴は、どこで手に入れたのか。
全く覚えていない、いつから持っていたのかさえも。
でも、この靴には………どこか既視感がある。
その頃エティノアンヌは、なんと、冷凍していた弟を、生き返らせることに成功していた。
あのあと助けた少女が、偶然にも、近くにいる者一人の生誕魔法を、コピーできる生誕魔法を持っていたからである。
暇を持て余したその少女は、勝手に魔法を使い、一時的に人間と植物の中間地点の生物になった。
アリアが気づいて叫んだ頃には、既に彼女が人間では亡くなってから、数時間経っていたのだ。
しばらくたっても死なず、未知の生物に順応できたため、エティノアンヌは、同じ魔法を使えるその少女に、弟を救う手助けをお願いする。
その結果、弟の一命を取り止めることに成功した。
「これで、しばらくしたら目が覚めるだろう……………本当にありがとう、君の生誕魔法のおかげ。」
「……………はじめは、ひどい人だと思ってたけど、あなた良い人だった。数日前人形にされた時、もう死ぬって思ってたから、助かって嬉しいな。」
「あんなに果物をあげたのに、酷い人、か………………まぁ、仲良くなれたなら、私は嬉しいよ。」
「ううん、果物でひどい人って、判断したわけじゃない。もっと前。」
「なんか……………………少し前の記憶にあるな、君のその声。殺し屋時代ではないけど…………あれ、明確に思い出せない。なんでだろう。」
「もう良いよ。確かにはじめは、あの時あなたが酷いことしたから、黙ってた………でも、今はあなたを信じてる。大人を信じるのは、癪だけどね。」
少女がそんなことを言っていた、そんな時…………棺桶から、カタカタ、と音が聞こえてきた。
エティノアンヌは急いで、棺桶を覗き込む。
弟の眉と、指先が、少し動いたのだ。
「ぐ………………」
弟は、ゆっくりと辛そうに、体を起こし、目を開ける。
エティノアンヌは、少し身構えた。
主人が側にいなかったら、弟は考えるより先に、こちらを殺しにくるかもしれない。
いくら体が弱っていたとしても……………彼の秘術と、身体能力を思い出すだけで、大惨事になる気がしてくる。
彼は、エティノアンヌと、少女をギロリと睨んだ。
大きな切長の目が、いっそう切長に見えて、体がすくんでしまう。
だが弟は、少し眠そうに体を伸ばし、大きく口を開けてあくびをした。
今は寝ぼけているだけかもしれないが、全く敵意は感じられない。
綺麗な水色の髪と、舌のもう一つの模様が、ただただエティノアンヌに、父の姿を思い起こさせている。
「…………大丈夫か?」
兄の震えた声に、弟は眉を顰めた。
エティノアンヌから、満面の笑みが溢れる。
嫌われていて悲しいという思いと、大丈夫だったという安心した思いが、彼の中で戦ったものの、後者が圧勝したからだ。