百三十九歩目 「やめられないし止まらない?(III)」
色々言いながらも、何気ないこの時間を、皆楽しんでいた。
「そういや、このご飯のレシピ、エピンさんも作れるんですのね。」
【まぁ一応】
「すげぇ…………東の国の料理って、結構不思議な作り方ですけど、覚えられるんスか?」
「そうですわ!今食べているこちらの煮物なんか、調味料の配分を少し変えるだけで、味が全然違ってきてしまうんですのよ?わたくしが、習得するのにどれだけ………」
【ずっと側で見ていれば、分かる】
「そんな簡単にはいかなくてよ!!」
「まぁ、エピンさんって、大抵のことは初見で出来そうなオーラで出てますもんね。」
これが、夢に見ていた、平穏で、幸せで、誰からも追われることのない生活。
だが、隣に………彼はいない。
結局………死体がどこにあるのか、エティノアンヌに聞くのを忘れてしまった。
だが、エティノアンヌは何も言わなかった。
自分が彼のことを忘れていても、話に噛み合わない部分があろうと、気にも止めていなかったのである。
あの靴、今なら作れるだろうか。
思いを込めようとする度、誰かに泣かれているような気がして、何も出来なかったけれど。
あの靴を作っていると、知らない光景が見え、声が聞こえてくる。
………… そんな気が、した。
エピンさん、若様、ローズさん、靴屋さん………そう皆から叫ばれる。
その間に、死なないで死なないでという悲鳴が、聞こえてくる。
情景が毎回ぼやけていて、誰が言っているのかは、あまりよくわからない。
この世界には、とある実話が元になった、有名な小説がある。
〔完璧な僕を崩して〕というタイトルの小説だ。
完璧を極めすぎた王子が、一人の不思議な剣聖に救われるところから、物語は始まる。
まぁ最終的には、剣聖が魔王だったこと、そして王子と腹違いの兄弟だったことが判明する、バッドエンドなのだが。
冒頭は、文学の教科書にも乗っているほど、その話の冒頭は有名だった。
だが、その本の、別の視点から語られた話は、あまり知られていない。
王子側ではなく、王子を救った剣聖側の話だ。
その本の題名は、〔決められた運命〕。
こちらには、剣聖が魔王として生きていたことが、勇者によって書かれている。
エピンは、後者の小説の方が好きだった。
剣聖は、魔王の子孫でありながら、皆の幸せを考えて行動する者。
彼は、時間軸を複数操る、特殊な術を使いながら、彼は三国の戦争を止めようとする。
そして___その果てに、剣聖は母を殺し、自らも死を選んでしまった。
………………しかし、その思いは無駄にならず、世界は平和になり、今もこうして幸せでいられる。
剣聖のような、誰かのために行動できるような人間に、エピンはひっそり憧れていたのだ。
もしも王になることがあったら、彼のような王になりたい。
エピンは、いつも隣にいる弟に、よくそう言っていた。
弟が幸せそうな笑顔で、『きっとなれますよ。』と言ってくれたこと、それをもう二度と忘れることはないだろう。
【そうだ二人とも、少し良いか】
「え、なんッスか?」
「わたくし達に何か?」
【今から、とんでもなく頭のおかしい質問をしようと思う】
「どういう……ことですの。」
「きゅ………急にどうしたんです?!」
メイとトルテは、唖然としていた。
そんな二人にエピンは、とびきり丁寧に書いた文字を、二人に見せる。
【僕じゃない僕に会ったことはあるか】
二人は一瞬フリーズしたが、次の瞬間………………吹き出した。
「あーはっはっはっ!!エピンさん何言ってるんスか?絶対寝不足ですってwww」
「あははは!あーおかしい、急に何かと思いましたわ………あー、あっははは!!」
エピンは、完全にツボに入ってしまった二人を、呆然と眺める。




