百三十五歩目 「向き合いましょう?(III)」
エピンは、隠し持っていた鉄の人形で、バンボラを押さえつけようとした。
バンボラはそれに気づき、咄嗟に別の人形を手前に出して、ギリギリのところで防ぐ。
「エピン?!なんてことするの!!」
「………………………殺してやる。」
「なっ……………」
エピンは、体が熱くなった。
だがこれは、怒りから感じる熱さではない。
何か覚悟が決まったような、そんな熱さである。
自分でもよくわかっていないが、今の自分なら、自分の正しいと思ったことを、貫ける気がした。
しかしエピンは、重大なことに気づく。
母に対抗する、武器がない。
先程の人形は全て、バンボラの人形に防がれた時、粉々になってしまったようだ。
かといって、歩行や移動に必要な人形を使えば、動けなくなってしまう。
このままでいいのか?!
彼をあんな目に合わせた、自分を中途半端な愛で不幸にした、あの女をあのままにしていいわけがない!!
今すぐ殺さなきゃ、貴方のせいで大事な人を、何度も何度も傷つけてしまったから。
僕が犯した過ちも、沢山ある。
だが…………彼を裏で殴っていたのも、彼が何度も殺されそうになったのも、彼が僕の兄だったはずの人間を殺めたのも、貴方のせいだろう?!
ガシャ。
エピンは、足の代わりにしている、鉄の部分を片方だけ外した。
そして…………複数ある人形のうち、木で出来ていた、一体の人形を分解する。
彼はその二つに触れ、脳内で、自分の作りたいものをイメージした。
ほんの一瞬で、材料の一部から、ナイフが五本完成した。
それを見ると、自然と笑みが零れてきた。
「やっぱり出来た…………ヴィオローネ、危ないから、ちょっと向こうで待っていてくれ。できれば兄上も何とか安全なところに………」
「……キュキュ。」
「あまり服以外への興味が、なかったから作れなかっただけで……………思いとイメージがあれば、作れるんだな。」
ゆっくりと、ナイフを両手に一つずつ、握りしめる。
鉄の部分が片方だけでも、人形とこの強い殺意さえあれば、体のバランスは平気だ。
エピンは、自分の力で、ナイフを母の頭めがけて、思いっきり投げる。
バンボラは、そこまで必要としていない人形を盾にして防いだが、エピンが恐ろしく、震えが止まらない。
「嘘!そんな腕力が?!」
「やっぱり、物理的な思いは付与できる…………僕の力でさえ、かさ増しされるのだから。」
「……………」
「……おい。」
「つ、強気ね…………随分と、舌の回る口になったみたい。」
「黙ってくれ、もう飽きた。」
バンボラは、さっきとは何かが違うことを薄々感じ取っていた。
何とも言えないこの空気に、今にも呑まれそうになる。
強い言葉を発しながらも、彼は笑っていた。
それに片目と紋様が、見たこともない色に染まっている。
………彼女は、黒い薔薇の花言葉を思いだした。
彼の目の色は、それぞれの色の、薔薇の花言葉を表している。
黒い薔薇の花言葉は………………憎しみ、恨み、貴方はあくまで私のもの。
ああ、なんてこと。
自分が、これほどまでに、憎まれていたなんて。
「彼は、十五歳で………王政を崩壊させた時から、ずっとこう思っていたのだろう。僕と再会した時に、ほとんど吹っ切れたようだが。」
「それは……………あのガキのことを言って……」
「ガキだと?!何を言う!!僕の大事な、 ”たった一人” の、人間の家族だ!!」
「たった………一人ですって?」
「兄上は許せない、父上も許せない、もう一人の兄上だったはずの人は、よく知らない。」
「あ、あたしは………」
「やはり何も変わっていないな、今も……僕を人形にしようとしている。」
「馬鹿言わないで、そんなことないわ!」
「年齢と共に、僕の心も変わった。今は、誠実な人間になったと………言えば、母上には伝わるか?」
「………………?!」
……………薔薇の、本数。
「最初は、自分が悪いと………謝り続けていた。不安定な愛や、絶望的な愛に、惑わされたこともあった気がする。」
「まさか…………」
「嗚呼…………僕が喋る意味が分かっていないと?」
「……………え。」
「どうなってもいいから、感情が爆発して、蔦で絞め殺してしまってもいいから……………本音で話しているんだ。」
エピンは、バンボラに向かってナイフを投げた。