百三十四歩目 「向き合いましょう?(II)」
『はは………こればかりは、バンボラ様に感謝せねば。若様に、あまり食べる習慣がなかったことが、役に立…………ゲホッゲホッ!!』
『ちょっ………?!早くこの薬草を!!』
『そんなもの………必要ありません。』
『ふざけてるの?!早く解毒を………』
『要りませぬ!!』
あぁ、大分思い出してきた。
『巫山戯ているのは、貴方です………吾輩も、貴方と……同じ。』
『え……?』
『父上の生誕魔法…………貴方のお母様とも、似ているから……………間違えたのでしょうね。』
『母さんが、何か関係あるのか?』
『まぁ、どちらにせよ、吾輩は、水に特殊な効果を付与できる………回復も例外じゃない。しばらくしていれば、効いてきますよ。』
『よく分からないが、この騒ぎが済んだら、母さんに聞いてみる。』
まだ、顔がぼやけている。
もっと鮮明に、もっとはっきりと………
『………ということが、ありました。』
『大丈夫だったのか?!』
『はい、若様はご無事です!』
『違う!!翡翠、お前に言っているんだ!!!』
あぁ、立ち聞きした時の会話………
か、彼は…………翡翠って、名前だったか?
どうも、しっくりこない。
『そ、その名前を、大声で言っては…………!』
『あ………すまない、悪かった。』
『その蔦も、抑えてください!死にたいんですか?!』
『…………一つ、言わせてくれ。』
『なんでしょう?』
『翡翠、僕は………翡翠を、心から大事に思っている。』
彼のことを、父が抱きしめた。
父は、彼のことを、心から愛していたのだろう。
僕や兄上は、愛されなかったけど。
まぁ、それは別に、おかしなことじゃない。
僕ら、感情に振り回される人間にとって、愛する人間は、選ばなければいけないものだから。
きっと、自分を一番に思ってくれていた、大事な人。
大分、思い出してきた。
『初めまして、我が主人となる、エピン様…………若様にお会いできて、光栄でございます。』
『わか、さま………?』
『あぁ、吾輩の母の国では、目上の子息様のことをこう呼ぶので…………はっ!お嫌なら、今すぐやめます!!』
『嬉しい!』
『ほ、本心……だと?!』
『………あれ、もしかして、心眼を使ってる?』
『…………………!!』
『そうだな、突然僕のことを、信頼なんてできるはずない。』
『い、いえ……………』
父上と、同じ色の髪。
僕のこの髪は………母方の祖父の、隔世遺伝らしい。
そうだ、僕は彼が羨ましかった。
何もかも、優れていた部分でもそうだが…………一番羨ましかったのは、父に似ていたこと。
母に似ていた自分が、本当に父の子供なのか、不安で不安で仕方なくて…………父の口調を、意識的に真似していた。
母上に、父に似ていないことを、責められたりもしたから。
なのに、彼は自分の誇りを貫いている。
中心となっている王国では、他国の者を軽蔑するような、そんな教育が施されているというのに。
聡明な彼は、自分の境遇を十分理解していたはずだ。
なのに、なのに……一族の誇りを、捨てない。
羨ましかった。
彼が大変な境遇にいるのは、わかっていたが、それでも僕は彼が羨ましかった。
彼は、彼は…………
『本当のことを、思ったことを、言ってくれて構わない。』
『なっ……?』
『僕は、いつか………自分の力で、お前に信頼してもらう。』
『…………』
『それまで、心眼を使ってもらっていい。自由に振る舞ってくれ。』
『………………!!!』
『僕は、エピン・ノーブル・フィススタンツェ=ブランシュだ。お前の名前は?』
『はい。吾輩の、名前は……………』
「………許さない。」
許さない、嫌い。
どう思われてもいい。
傷つけてしまう心配はいらない。
言いたいことも、理解している。
母 上 な ん て 、 大 っ 嫌 い だ 。
彼のことを思い出したと同時に、自分と母に対する嫌悪感が、自分の全てを埋め尽くす。
トルテの前で、話せた時と一緒だ。
相手のことなんて、どうでもいいと思っている。