百三十二歩目 「もう互いに必要ないのでは?(IV)」
大好きだった皆に、呪われたくない。
ノアは、僕を守れなかったあの時のままだよ…………ずっと子供のまま。
五月蝿い、ノアは子供じゃない。
子供なんかじゃ……子供なんかじゃ…………
黙ってて、黙ってて、もう分かったから。
そんなのノアが一番知ってる、知ってる、知ってるから。
ノアは、幸せになったらいけないの?
ノアは人殺しだけど、ノアと同じような罪人だって、幸せに暮らしてる。
それなのに、たった一人の人を、好きって思うことも許されないの?
大好きだった皆が、大嫌いになっていく。
この幻覚も幻聴も、ノアが作った妄想でしょ?
皆のことを忘れたいから、作った妄想。
やっぱり、ノアはもうおかしくなってる。
ノアは人間じゃないから、忘れることなんて、できないのに。
「こんなに蔦が……………人形を使うしかないわね。」
「黙って!!!もう嫌!!!五月蝿っ……頭、痛い………………?」
「嗚呼…………どうして、貴方は美しく見えるの?そんなに、辛そうな顔をしているのに。」
「何回、謝れば……許され……………回数………覚えてるから………!!」
バンボラの頭には、エティノアンヌをどうすれば形にできるか、それしかなかった。
もっと強い意思で彼に触れれば、人形にできるかもしれない。
いくら未知の生命体といえど、人間に近いことに変わりはないだろう。
きっとこの美しさを、永遠のものにできるはず。
もう躊躇も、迷いもなくなっていた。
やはり、彼女はこうしないと生きていけないのである。
少し離れた距離にいるエピンの存在など、彼女の頭には、既にない。
「皆、彼を取り押さえて!」
人形が、エティノアンヌの方へ向かっていく。
人形は蔦を払い除けながら、彼のいる場所に近づいていった。
エピンは最初、母が兄のことを、止めようとしているのだと思っていた。
しかし……………バンボラの目を見て、その認識が間違っていることに気付く。
その、玩具を見るような目には、見覚えがあった。
「母………上、何………な、にを…………」
彼女は、返事をしなかった。
エピンは、母の顔を見て、確信する。
…………彼女の衝動と、この愚かさが、あの時と何一つ変わっていないことを。
僕はあの顔を、よく覚えている。
泣きじゃくる子供を、一方的に…………
あの時は、心臓が止まるかと思った。
父上に聞いても、バンボラはあれでいいと、そう言って何も驚かなかったのだ。
父上と母上の仲は悪くなかったが、どこか、夫婦にしては冷めた感じだったのを、今でも覚えている。
父上が心から幸せそうな顔をするのは、自室で手紙を読んでいる時と…………あの、誰かといる時だけ。
誰かって誰だ?
全く、名前が思い出せない。
同い年だった気が……… するくらいだ。
部屋を覗いた時、僕は今までの違和感の正体を知った。
エピンは、バンボラに対して………再び不信感を覚えた。
そうだ、もともと仲直りしにきたんじゃない。
…………なんでこんなに、仲良くなれそうな気がしていたんだろう?
重要な何かを、忘れている。
母を心から拒絶した、その理由を忘れている。
この、埋まらない心の空白だけが、何かがあったことを、ただ証明していた。
あれ?
話せなくなったのは、いつからだっけ?
自分を閉ざすようになったのは、いつからだっけ?
「……………ヴィオローネ。」
「……キュ?」
「僕の………僕の大事な人を、知っているか?」
人前でも、人じゃなければ………………ヴィオローネとなら、淀みなく話せる。
「キュル。」
「知ってるのか?!」
「キュキュッ……キュ。」
「そっか………黙ってて、くれたんだな。」
「キュキュ。」
「思い出さないと………決められないことがある。」
「ルキュ………キュルキュイ?」
「皆の話が、聞き取れなかったり、分からなかったりしたのは、僕が聞こうとしていなかったからだ。」
「キュイキュ……!」
「………辛かった記憶だとしても、それで構わない!!」
それを聞くと、ヴィオローネは………エピンに向かって話し始めた。
エピンは、彼女の声に、耳を傾ける。
それでも貴方と一緒にいた時間が、もう一度ほしい。