百二十八歩目 「随分と身勝手ですね?(IV)」
ダッダッダッダッ……
バンボラが植物にされそうになったその瞬間に、重い足音が、床に響いてくるのをエティノアンヌは感じた。
「はぁ……はぁ………………え、え?」
なんと、エピンが息を切らして、部屋に入ってくるではないか。
エティノアンヌは、思わず彼女を植物に変えるのを躊躇した。
「エピン?!」 「エピン!?」
二人の動揺からくる声が、エピンの耳に入り込んだ。
【二人とも、何してるんだ】
慌てて書かれた、その殴り書きの字の筆跡を見て、バンボラは彼がエピンだと確信する。
それに彼の、足を覆い隠すような服装。
足が綺麗に隠れているが、丈を引き摺りにくい不思議な設計だ。
……………裁縫が得意なエピンが、自分で作ったのだろう。
バンボラは、どこか安心した。
そして、元の笑顔に戻る。
【母上、兄上、質問に答えてくれ】
「…………バンボラ様を、殺そうと……してましたが。」
【兄上、何故敬語で話す?】
「敬語で話してはいけないと?」
【なんか、すごく距離を感じる】
「私は、貴方の母が嫌いです。それに、会話する際に感情を持つことは禁止されていますよ、エピン。」
彼は、兄がしようとしていたことを、察する。
【そうか、母上を殺しに来たんだな】
「なんで、エピンがこんな所に………」
【生誕魔法について聞きに】
「生誕魔法……?」
バンボラの表情が、僅かに変わった。
それに気づいたエピンは、母に本当のことを問う。
目を見て、自分の声で。
「…………母、上。」
「待ちなさい!要件なら、その場で言って!!」
「はっ…………は、はい………?!」
エピンは慌てて、要件を話そうとした。
しかし…………どうしても、声が出ない。
彼女の怒鳴り声に、震えがとまらないのである。
怖い、怖い、怖い。
ずっと笑っている母が、怖い。
若作りしているようには見えるが、ほとんど老けていない、あの時と全く同じ顔と声。
昔から、様々な目を怖がったが、母のその目も怖かった。
あれ、なんでだっけ?なんでだっけ?
色々なことが、いつもごちゃまぜ。
頭の中は、あやふやな記憶ばかり。
褒められて、罵られて、これは全部本当?
あの時のことも、本当?
そこに確かに愛はあったはず。
父上に対しても、僕に対しても、母上は愛情を持っていてくれた。
ただ母上には、一つ問題点がある。
自信を………美しさからしか、得られないこと。
それも、他者と比較した美しさから。
母上はたまに、僕を………玩具を見るような目で、じっと見てきた。
『これで遊んだら駄目よ。』と言われた子供が、必死に何かを耐えているような目で。
”女の子みたい”
僕は、この言葉に呪われた。
きっと母上は、僕が男であることを、何度も自分に言い聞かせるために、そう言っていたのだろう。
女性ではないから、人形から遠いと、必死に自分を騙していたのだろう。
……………玩具にしないように、必死に。
だが、僕はそれが苦痛だった。
母上が、自分を玩具として見ていると、そう思っていたのだ。
もうこの時、既に僕たちはすれ違っている。
母が、人を人形にしているのを、見たあの日。
当時の僕は、何も知らなかった。
……………だから、母上が、自分を人形にしたいのだと、そう思いこんでしまった。
母上の行いを、肯定するわけではない。
でも、こんな目にあっても、何故か母上を愛している。
僕は知らなかった。
母上が、僕を人形にしたいという衝動と、僕の幸せを願う心の矛盾に、苦しんでいたことを。
今なら分かる。
色んなことが、ごちゃまぜになってしまう感覚が。
だから拒絶した、わかってしまうことに気づいて、逃げたのだ。
母上に、一度だけ勇気を出して、〔心眼〕を使ったことがある。
母上の心の叫びに気づいた時、少しだけ嬉しいと思ってしまった。
今更、そんなことが許されるとでも。




