百二十六歩目 「随分と身勝手ですね?(II)」
女がそんなことを考えていると、ドアの向こうから、声がした。
「そこにいるんでしょ、分かってる。少し用があってきたんだけど。」
あら、喋れるようになったのね。
少し、声も低くなった気が………
そうか、あの足音は、義足の音。
あの子は、あたしが放っておいたから殺し屋になったのかしら?
今でも………こんな酷い母だったけれど、あなたを不幸にしたことは後悔してる。
エピンには、幸せになってほしい。
でも今、会ったら………人形にしてしまったら、どうしよう。
きっとあの子は、美しいわ。
そうよ、手袋を外したら、またあの子の幸せを奪うかも。
「…………こちらから勝手に入っていいと?」
「あ………えっと………………」
「返事がないのは、了承の意と捉えていいのか?」
随分、大人になったのね。
会うべきなのだろう、でも今更………母親になりそこなった人間は、エピンに必要ない。
言い訳に聞こえるかも、しれないけれど………
「早く返事を。」
「………帰りなさい。」
「何故……?」
「あなたに、あたしは必要ありません。」
これでいいのよ、あたし……これでいいのよ
………良くやった。
「そんな分かりきったこと………言わないでもらえる、かな…………」
「え?じゃあ、なんでここに?」
「………さっき、自分で言ったじゃん。」
「は………」
「イラつかせないで!!」
………エピンじゃない。
わかる、扉の向こうにいるのはエピンはじゃない。
エピンはこんな子供っぽい口調じゃなかった。
なんで、すぐに気づいてあげられなかったんだろう。
いたじゃないか!
一度だけこの入り組んだ場所に来た、なんでも覚えてしまう人間が!!
「あなた、エピンじゃない。」
「はぁ?なんでエピンの話をする………関係ないでしょ。」
「まさか……あなた………!!」
バァンッ!!!!
ドアが、破壊された。
脚で一発、蹴られただけのようだが…。。
……相手は、とんでもない身体能力を持っているのだろう。
そして、その相手の姿を見て、女は絶句する。
「あ………あぁ……………」
「お前言ったんだろ。貴方に、私は必要ありませんって。」
「……………」
「必要ないから、殺しに来たって………わからないの、かな……!」
目の前にいた男は、自分の息子にしては、明らかに背が高すぎた。
髪の色も、目の色も、表情も、何もかもが違う。
じゃあ、あの足音は……………人間じゃない部分で、歩いていたのね。
「ノア………いや、私は……………貴方が、貴方が大嫌いです!!貴方のせいで………何個の大事なものが奪われたと思ってるんですか?!」
あぁ、そうだ。
彼は、あの時人形にできなかった女の………息子。
なびくほど長い、その美しい銀髪が、あの時の彼女と重なる。
彼の名は………エティノアンヌ。
あたしはエティノアンヌという存在がいたせいで、何度も絶望を味わったわ。
「……………美しいわね。」
「不思議ですね………〔美しい〕という言葉は、何度言われても嬉しい言葉だと思っていたのに、貴方に言われても、全く嬉しくない。」
エティノアンヌは、彼女に…………バンボラに近づいていく。
「待って。」
「………何だ。」
「それ以上近付かないで。」
「断る。」
「に、人形にしてしまうから!出ていって!!」
「断る。」
「や………やめて……………あ、あたし……………………」
バンボラは、もうおかしくなっていた。
もう今じゃ、部屋に迷い込んだ鳥などでさえ、美しいと思わなくても人形にしてしまうほどに。
そんな状態なのに、ただで美しい彼が、どんどん近づいて来る。
美しいものは、全て人形にしてしまいたい。
どんな人間でも、今来たら人形にしてしまうかもしれないのに、なんでよりにもよって彼が。
なんでこっちに来るの、なんで、来ないで、やめて。