百二十三歩目 「忘れていられますか?(II)」
「………否定は、しないよ。」
「リアは、貴方のブレーキなんですよ。どんなに速さが売りの車でも、ブレーキがないと不便だし、事故を起こしてしまうかもしれない。周りを巻き込んでしまうかもしれない。そんな。ノアの恐れることを、避けるためのブレーキです。」
アリアは、ソファで寝ているアリサを見ながら、自分の思いを伝える。
…………先程の言葉を聞いて、エティノアンヌは、アリアに言った。
「リアが不必要だと?…………そんなの、物理的な理由じゃ語れない、かな。」
「それは……」
「必要か不必要か、判断をそんな理屈で語ろうとするなんて、どうかしてる!」
エティノアンヌは、彼女の言い分をはっきりと否定する。
アリアは彼に、意見を思いっきり否定されたことが無かったため、少し驚いた。
かなり根拠を重視する彼が、理屈的な話を否定するなんて………
「ノアにとって、生きるということは、常に見た何かを…………覚えていくこと。忘れられない何かを、ずっと背負っていくこと。確かにリアの言う通り………ノアは天才なのかもしれない。見たものを全て覚え、魔法や体にも恵まれてて、もはや否定できないほどの天才なのかもしれない。けど、 ”人間として” 生きていく上で一番大事なものが欠けていた。」
「大事なもの……?」
「何かを忘れる力が、ノアには無い。」
「……………」
「ノアは思う。もしかしたら、この記憶力は才能じゃなくて、当たり前なんじゃないかって。生誕魔法の内容……………お客様の魔法で鑑定してもらうまで、植物を操るだけの魔法だと思ってたけど、違ったじゃん。結果的にノアは、未知の生命体だったんだ!!人間と植物が融合した、人間と植物が操れる、未知の生命体。もしかしたら……この生命体の記憶力が異常なのかもしれない。人間からしたら天才でも、この生命体にとっては、この記憶力程度、当たり前の可能性があるから。」
「でも………」
「人間じゃないものを、人間の理屈で図ることなんてできないよ。ノアは、ノアの理屈でリアを必要としてる。未知の生命体の尺度で、リアを必要とする。」
「……………!」
「それに…………例え、生きるためにリアがいることが、必須じゃなくても、必要じゃなくても、ずっと君の隣にいたい。」
「ノ、ノア……?!」
「ノアは、確証がないことを、君に伝えることに、かなり抵抗がある。だから、私には君が必要だなんて、甘い言葉は囁けたりしないけど………」
「けど?」
「…………………」
「けど?」
「…………君を愛している、確証は……ある。」
アリアは、そんな彼を見て…………………秒でスマホを構える。
「ノアの ”デレ” は日常茶飯事ですが、”照れ” は激レアです!!ちょっと写真撮って良いですか?」
「えっ?!それはちょっと……!!」
「お酒を大量に飲んだ後に触れ合うか、すっごく泣きじゃくってる時しか照れないのに………それに、好きですって言っても、いつも淡々と一切の照れなく、爽やかに言うから、余計に嬉しさが増してます!!」
そんな二人のやりとりを、聞いている人物がいた。
どうやらその人物は、ソファの上に寝ていて、起きたものの、起きるタイミングを逃したようだ。
「(どうしよう。なんかリサ、妹の女の顔を見てしまったような気がする………というか、二人きりで、こんなに仲の良い夫婦っているの……?!何年も一緒にいると、ある程度の距離感が生まれるって、ママも言ってたのに!)」
アリサは、二人の会話を〔ノアは、ノアの理屈でリアを必要としてる〕あたりから、全て聞いている。
仲の悪い夫婦の話を盗み聞きするのも地獄だが、仲の良い夫婦の話も、そのような側面を知らない者からすると、また地獄……
その頃、エピンはメイと話していた。
「……………は?」
「………………」
「ほ、本気で言ってるんスか?それ……」
【本気だ】
「でもエピンさん、最近おかしいですよ!!突然メロンパンはいらないとか、様子を見に来なくていいとか、それに…………………俺とトルテさんのこと、ちょっとは信頼してくれてるかなって………思ってたんですけど。」