百二十二歩目 「忘れていられますか?(I)」
その頃、エティノアンヌは屋敷に戻り、教祖から受け取っていた棺桶の中身に、何かをしていた。
アリアは気絶したアリサを見ているので、エティノアンヌは今、一人で作業している。
「寒い………凍らせてもらったから寒いのは覚悟していたけど、少し体を、寒さに強い植物に寄せないと厳しい、かな?」
彼は寒さに凍えながら、必死に作業を進めていた。
この作業は遅れれば遅れるほど、成功する確率が下がってしまう。
それに………これを、失敗したくはない。
「……複製速度が、遅れてるかも。流石に魔法を演唱しないとダメか………でも、ずっと言い続けるわけにもいかないよね。」
エティノアンヌは、無理して続けようとした。
だが案の定、全身が震え、意識が朦朧とする。
棺桶の中身を凍らせたままにするため、この部屋の温度はかなり低めに管理されているのだ。
いくら防寒しても、体の一部に、植物を宿す彼にとって、この寒さは厳しい。
雪のような肌が、青白く染まっていく。
ギシ……
そして今、彼の体に激痛が走った。
彼には、足の代わりとなる植物の器官があるのだが、そのあたりにある、葉の表面が、凍てつくような空気で、ギリギリと痛む。
エティノアンヌは、思わず叫びそうになったが、肺に入る空気も当然冷たく、喉の筋肉も硬直している為、もう叫び声すら出ない。
「しっかりしろよノア…………あれだけ、沢山の命を奪っておいて………救える命は、一つだけだと…………?」
時間が経てば経つほど、理想も、意識も、どんどん遠のく。
でも、やるしかないんだ、やるしか。
棺桶の中には、一番下の弟…………時雨が眠っているのだから。
冷凍して、仮死状態を保ってもらったんだ。
こんなところで弱音なんて吐いていられない。
なんとか植物から、彼の体を直さなければいけない。
手足と首が、蔦で完全に絞まっていたからか、体の損傷がかなり酷いのだ。
彼は、中身がズタズタになっているであろう時雨の手足を、修復しようとしている。
エティノアンヌは意識が朦朧とする中、アリアを助けていたときのことを思い出していた。
自分のことを考える余裕はなく、ただただ心が壊れそうな不安と、今までの罪がぐるぐると身体中を駆け巡る、あの時間。
救いたいという感情と、救わなければいけないという義務的な何かと、色々なものが、ずっと後ろにいる感覚と言えば良いのか。
もはや、一周回って笑えてくる。
本能が、これ以上に苦しい思いをしたら死んでしまうと叫んでいるのだろう。
必死に笑顔を作ることが、自衛になっているのかもしれない。
彼はその後、アリアに止められるまで作業を続けた。
「なんで………いつもノアを止めるの。」
「ノアを一人にしておくと、ロクなことがありませんから。」
「…………ろくなこと?」
「あのまま放っておいたら、ノアの方が仮死状態になりそうです。それにもしかしたら、凍死はするかもしれないでしょう?
「でも、リアの時みたいに、ご飯抜いてるとかは……してない。」
毛布にくるまっているエティノアンヌは、ボソッと呟いた。
「貴方は天才です。ですからリアは、貴方にリアが必要だなんて、思っていません………………ただ、ノアには、止める人がいなきゃいけない。」
「止める人?」
「ノアは、限界まで心身を追い込んで、自分の力を最大限引き出せる。だけど、貴方は自己犠牲がすぎます。どこかで、目的を達成できるなら自分は死んでもいい、と思っているような気がしてならない。」
「………………!」
「大抵の人は、おそらく貴方に口を出せなかったのでしょう……………それに、例え誰かが、やめるように、一旦止めるように促しても、ノアはきっと聞く耳を持ちません。」




