外伝 「本能に負けちゃえ(III)」
あたしは、美しいと思った生き物は、誰でも構わず、生き物を人形やぬいぐるみにするようになった。
美しいと思った生き物には、触れる。
動物と話せるのも、悪くない。
だって、動物たちの、一番美しい表情を引き出せるから。
人形は、この世で一番美しいもの。
美しさを、永久のものにできる。
醜い部分なんてない、ずっと美しい時のままで、そこにいる。
かつてはこの能力による衝動を、憎んでいたことが、今となっては信じられない。
何度もやるうちに、父が勘づいた。
けど、あたしが出かけている間、あたしの部屋の机に、罵倒が記された、反省を促す手紙を置いていくだけ。
〔スタンツェ家に驕るな〕とか、〔許される行為ではない〕とか、〔改め直せ〕とか。
正しい父様は、いつもそう言う。
でも、これらは全て、あたしにとっての不正解。
スタンツェ家なら何をしても良くて、あたしは許されて、改め直す必要なんてないってこと。
父様があたしに正解を押し付けるなら、あたしも押し付けてやる。
あたしは間違ってない。
母様は、あたしを抱きしめてくれるもの。
たくさんの従者もついてるわ。
だから、あたしは間違ってない。
………………何も言ってはくれないし、暖かさもないけれど。
周りがあたしを恐れるようになって、数年が経った。
なんと、あたしに縁談がきたのだ。
………父様は、絶対にお受けしろと言ってくる。
あたしを捨てることができなかった父様が、あたしをどこかに捨てようとしているのかと思ったが、そうではなかった。
なんと、その縁談相手は、この国の王子で、断ることが不可能だったのである。
あたしも、流石に驚いた。
あり得ない!!
あたしが不気味な生誕魔法を、使っていると言う噂は、国中の貴族に知れ渡っているというのに。
何で、こうもしてまであたしを娶る?
はっきり言えば、意味不明だ。
いくらスタンツェ家と言えど、こんな得体のしれない、狂気の女を正妻にするなんて!!!
「あ、あり得ないわ!自分で言うのもなんだけど、あたし………生き物を玩具にしているのよ?」
「だが、本当なんだ!私も目を疑ったのだが……」
「………………こんな物好きの王子が、美しいわけない。破談にして、却下。」
「頼む!!」
「はぁ?父様、人形にされたいの?!」
「…………………」
今まで何も言わなかった父様が、これほど絶望に満ちた表情をするのは、初めて見る。
確かに、断ったら死ぬのだろう。
別に、あたしは、命なんて全く惜しくはない。
だが、それだけは駄目だ!!!
ただ死ねば、あたしの美しさがなくなる!!
ぬいぐるみと人形が、あたしの全てだ。
あぁ、自分を人形にできたらいいのに…………
ぬいぐるみも人形も、死に絶えることはない。
その美しさは、永久に完成されたものであり、失われることのないもの。
自分が死ぬという行為は、あたしが醜いということになってしまう!!
母様は、あたしを産むのが遅かったのに、ほとんど老いを感じさせなかった。
思わず、人形にしてしまったほど美しかった。
あたしには、老いるまで時間がある。
そして、それまでに、自分を人形にする手段を探さなければいけない。
………………………死ぬことだけは、死ぬことだけは、絶対に許されないのだ。
「わかった。でも、相手に条件をつける。」
「バンボラ……わかってくれるか。」
「毎月三人、美しい人間をあたしに持ってくること。」
「ひっ……!!」
「そして、父様へ毎月、貴族の家族が、生活していけるほどのお金を送ること。」
「……………え?」
何よ、驚いた顔して。
あたしは人形が好きなだけで、人形になれるわけじゃない。
心まで、人形になれるわけじゃないのに。
「父様のこと、これでも好きなのよ。嘘に聞こえるかもしれないけど。」
「バンボラ……」
「散々な手紙を、たくさん読んできた。でも一度も父様に、あたしの好みや魔法を否定されたことはない。」
「……………」
「こんな狂気の親不孝な娘を、受け入れてくれてありがとう。」
「……!!」
「あたしね、頑張ったのよ、父様も人形にしてしまいそうだったから。父様の前では、手袋までして頑張ったの。」
「…………そうか。」
「けど、父様の方がずっと頑張ってた。だから、最後にお金くらいは親孝行させて。これじゃ、あたしの気が済まないって………だから、親孝行じゃなくても、親孝行したって思わせて。」
「……安心するといい。もう親孝行は、終わっている。」
「どういうこと?」
「子供は、三歳までに一生分の親孝行をするものだ。」
「は、はぁ!!そんなわけないでしょ!!!親孝行できたとしても、この人形屋敷を作った時点でかき消されてる!!!!使用人全員を、あたしは……と、とても許されることじゃない。」
「私が許す。」
「な、な………なんで。」
「誰か一人は、バンボラの味方でいないと。」
なんて人かしら。
………この人も、あたしと同じくらい、狂ってるかも。
こんな父様の姿を見ても、内心では、人形にしたくて、たまらない。
もう駄目だ、あたし。
一刻も早く、普通に生きていてほしい大好きな人から、離れないと、もう駄目だ。
「すまない、バンボラ………お前が人形を愛することを、肯定してやれなくて。」
……………ごめんね、父様。
あたし、父様を人形にしないうちに、お嫁にいくね。