百十九歩目 「そこをなんとか出来ませんか?(II)」
「………以上のことから、ノアは感情が爆発して、制御不能になるか、思いっきり何かに轢かれないと死なないんです。」
「………………」
「人間の部分の感情が暴走し、蔦によって、人間の部分が死亡した際に、植物の部分が ”人間の部分は生きるためには不都合だ” と、思うまで死なない。植物が『X』として生きることを選べば、ノアは死にません。」
「………………」
「植物の部分は、ずっと生き続ける…………でも、そこに意思なんてない。リアは、これがノアの死亡だと考えてます。」
「………………」
「二人とも、どうかしたんですか?」
「……………………あ、ごめんねリア。リサ、頭が追いつかなくて。」
【僕もだ】
混乱している二人を見て、エティノアンヌは少し意地悪そうな顔をした。
そんな顔が、二人の目に入ったその瞬間、咄嗟に彼は二人の視界から姿を消す。
二人がさらに混乱しているのを見て、ノアは笑った。
なんと…………………彼は、子供の姿になっていたのである。
既に、仕込んでいた子供の用の服も着用済みだ。
「七歳くらいの時の体は覚えてるから、その状態に戻ることもできるよ。」
【兄上、すごく小さい
声も昔に戻ってる】
「体しか変えてないんだけどね…………あれ?アリサはどうしたの?」
アリサは、言葉を失っている。
色々なことがありすぎて、限界がきてしまったのだろう。
「アリサとは話せそうにないなぁ。」
「そうですね、この状態のお姉ちゃんが会話できるとはとても思えません。」
「………リアは、エピンと話さなくて大丈夫?」
「………………じゃあ、少しだけ。」
アリアは、エピンの方を向いた。
彼女のどこか悲しそうな眼差しに、エピンは固まる。
「スタンツェ様。」
「あっ…………まず、あ、あや……ま……る。から!」
「……………分かりました。」
「………ごめ………ごめんな、さい………………」
頭を下げた彼の姿を見て、アリアは少し驚いた。
しかしそれは、謝ったことに対してではなく、彼の体に対してである。
頭を下げているこの時ですら、エピンは人形で体の一部を支えていた。
それを見たアリアは、エピンにそれ以上、過去の話を切り出すことはできないと思った。
「とりえず、座ってください…………」
エピンは、言われるがままに、椅子に座る。
そんな彼は、立っていた時より、相当小さく見えた。
それは………………彼の身長の、半分弱が、鉄の部分だから、なのか?
……………自分の体を支えるために、鉄の部分を増やさなければいけなかったのだろう。
彼は、そう高くない椅子に、膝下の部分を曲げて…………鉄の部分を横向きに傾け、座っている。
先程は自分より、エピンの方が身長が高いと思っていた。
だが、鉄の部分が本来あるはずだった足より、長いだけで、本来はもう少し身長が低いのかもしれない。
アリアは、少し複雑な気分になる。
思い出したのだ…………………比較的、使用人の規則は、厳しいどころか、ホワイトだったのに、一つだけ、おかしい規則があったことを。
その1 王族や貴族のことを一番に考え、行動すること。ただし他者の命が危ない場合は例外。人の価値には差があるが、命の尊さは皆同等である。
その2 必要以上に怠けないこと。体調がすぐれない場合は、医務室に行って相談。
その3 何かあったら、すぐに連絡すること。言いにくい場合は、言える人にだけでも言っておく。
その4 悪事を働かないこと。もし人を殺した場合、ケースによっては極刑とする。
その5 絶対にスタンツェ王子に食事を与えないこと。緊急時以外は、水も与えてはいけない。
どこからどう見ても、明らかにおかしな記載がある。
皆怯えて言わなかったのだろうか、それともそれに気付かなかったほど、頭の弱い連中だったのだろうか?
何かの病気を持っているのではないかと、疑いもした。
…………しかし、当時から彼は、数分とはいえ、外を歩いている。
アレルギーが多いなら、植物の多い外なんて歩けないだろうし、服だって選ばなければいけない。
それに、緊急時以外は水を飲ませるなというのは、どういうことだ?
水が飲めない体質なら、緊急時でも水を飲ませてはいけないはず…………
リアは、この ”緊急時” が何を意味するのか、考えた。
これは…………脱水症状と考えると、合点がいく。
すごく昔、リアがノアに突き放されていたこととも、つながる。
スタンツェ様の服からは、菓子パンのような甘い香りがした。
会う前、少しだけ外出でもしていたのかな。
確か向こうに、パン屋がある。
ノアがケーキを買いに行ってくれた、お菓子屋もあった。
甘いものが好きな人なのかも。
リアは知ってる。
親という存在が、自分を幸せにしてくれるとは、限らないこと。
今更何かを言われても、自分は、どこかで辛いまんまだし。
お姉ちゃんがいうことが本当で、パパもママが、リアを愛していても、もう遅い気がして。
ノアが、初めて子供のような顔を見せた時。
まだちっちゃかったリアには、意味がわからなかったけれど、今ならわかる。
『君は、一生ノアに逆らわずに、怯えていればいい!!ノアの傍で、一生!!!』
ごめんね、あの時リアが、スタンツェ様に、ご飯をあげるなんて言ったから。
当時は悲しかったけれど、今思えば、前の従者が人形になったことに対する恐怖だったのだと思う。
確かに、体の部分を作って操るだけじゃなく、体と体をくっつけられるほどの力があるんだから、ノアのそばにいれば死なないよね。
あの時は、素直に危ないからダメって、言ってくれなかったけど、今は言ってくれる。
リアは、もう十分幸せだ。
スタンツェ様にだって、色々あったんだろう。
リアは知ることすらなかった、何かが。
この人は、凛としていて美しいが、病的な人間離れしたその細さに、何かを感じる。
だから、リアの言葉は………
「…………お姉ちゃんを許してくれて、ありがとうございました。」