百十二歩目 「理由はどこ?(III)」
だから、それを、望むことは、許されない。
どんなに自分を愛してくれていても、人を殺して、奪ってきたのだから、何かを求めてはいけない。
「それは、ノアも、信用できないってことでいいかな。」
「ノアは違います。」
「………ノアだって、リアを殺そうとしたことに変わりはない。」
アリアは、彼を見る。
…………特に、何か変わった様子ではなかった。
しかし平然としているようで、いつもより声が低くなっている。
彼女には、なんとなくエティノアンヌが何を言いたいのか、分かっていた。
〔ノアを信じてくれているのは分かる、しかし、エピンを信用しない理由が、自分が傷つけられたからなのではないのか
それなら、ノアを信じてくれる理由が分からない〕…………とでも、言いたいのだろう。
少しの不安と計り知れない疑問が映る、彼の目を見ながら、アリアは言った。
「あなたは、リアの為に全てを放り出した。あなたは、それを〔自分が苦しみたくないという理由でやった、 ”偽善” 〕だと言ったけれど………最後まで自分の過ちと向き合い、どんなに絶望的な状況でも諦めず、自分の命を削ってまで、リアを助けてくれた。こんなこと、なかなかできません。生まれ持った頭の良さや、魔法に恵まれていた、ということだけでは、できないことなんです。城を飛び出して、ほとんど助からない従者を助けるなんて、普通はそんなこと、できない……………城を出たら、もうそこに帰るわけには行かないでしょうから。」
「………………?」
「あなたは、自分の命を懸けて、頑張っても無駄になるかもしれないことや、叶えられないかもしれないことに、飛び込める人。そして、それを叶えることもできる人。」
「………!!」
「ノアは、リアがずっと城にいる間、リアを守り、勉強も教えてくれて、一緒にたくさん遊んでくれました。ただでさえ………立場上不利なノアが、周りから、どんな目で見られていたか、今なら分かる。けど、あなたは自分が、自分が正しいと思うことを突き通した。」
「……………」
「自分の間違いを正し、誰かのために全力を尽くせる。リアは、そんなノアの姿を見て、隣に居たいと思ったんですよ。」
「…………………………」
…………エティノアンヌは、嫌な予感がした。
アリアの穏やかな表情が、曇り始めたからである。
「だから、リアは絶対に、ノアを二度とスタンツェ様に会わせたくない!会わせない!」
「?!」
「命を懸けてまで、苦しい思いをしてまで、向き合う必要なんてありません。その店への、道を教えてください……………リアは一人で、お姉ちゃんとスタンツェ様に、会いに行く。」
「そ、それはダメだよ!!」
「私、もう子供じゃないんですよ?」
「一度、冷静になって。」
「私は冷静です!」
「君がいつも私に言っていることじゃないか、冷静になれ。」
「…………………」
「ねぇ、アリア…………もしかして、エピンを殺そうとか思ってる?」
「いいえ。」
「じゃあ、一応言っておくね………………万が一対立して、その場で戦いになったら、エピンには絶対勝てないよ。」
「そんなことありません!勝て…」
「勝てない。」
「でも………!!」
「目を合わせなければ、心が読まれないから、勝てると思ってる?……………そんなことない、あの時は消耗戦だっただけ。人を守りながらだったエピンの方が、不利だったよ。」
「でも、あの場にはアルバート様もいました!!」
「でも………時雨は、あの少女の魔法にかかっていた。本来だったら彼は、エピンを最優先で守り、それ以外を見捨てるような性格の持ち主。少女が人を殺したくないと思っていたから、アリアは死ななかったんだ。けど普通なら、エピンが止めるまで、アリアを痛めつけていたと思う。」
「っ………!!!」
「あの時エピンは、人形を守りに使っていたようだから、そこまで強さを感じなかったかもしれない。でもね、あの人形は、子供が遊ぶような大きさからは、想像もできないほどの力を発揮する
。……………仮に、追い詰めたとしよう。だがエピンは、いざとなれば、竜や魔獣を呼べる。動物たちに助けを求めることもできるんだ。頭の良い猫に、簡単な読み書きすら教えたほどだから、文字を書ける動物がいたっておかしくない。そしたら、動物が人を連れてきてしまうよ?」
「そんな……ど、どうすれば………」
「エピンは、こちらから仕掛けない限り、何もしてこない。きっと、最初に話し合いを持ちかけてくる。」
「…………………」
「大丈夫、大丈夫だから。」
「本当に、二人はここに来るのかしら………?もう、私がここにきて、三日経ってない?ケーキ屋の人と、パン屋さん意外、誰もきてないんだけど。」
【絶対に来る
というか、どちらにしろ待つしかないんだ】
「仕方ないわ…………全員、覚悟が必要なんだもの。」
【確かに、覚悟が必要かもしれない】