百十歩目 「理由はどこ?(I)」
二人は、ご飯を食べ始める。
アリサは、味噌汁のいい香りに誘われるように、味噌汁を一口、スプーンで救って口に運ぶ。
最初に味噌汁を選んだのは、温かな煙に、出汁のいい香りが乗って、鼻まで届いていたからだろうか。
口に入れた葱が、たっぷりと味噌汁を含んだ油揚げの、いいアクセントになっている。
彼女にとって馴染みのない味だったが、これはとても美味しい。
「美味しい………」
【それは良かった】
「えぇ美味しいわ、思わず口に出してしまうほど。本当にすごく美味しい。」
【気に入ったか
和食をそんなに褒められていたことを知ったら、きっと喜ぶだろう
ちゃんと伝えておく】
「……………誰に伝えるの?」
エピンは、今の自分の言葉に、違和感を覚えた。
今…………誰に、何を、伝えようと思ったのだろう?」
誰だっけ………誰だっけ………………
ずっと側にいてくれた、あの人は…………誰だっけ?
『…………どうでしょう?』
『美味しい。』
『それは良かったです!若様のお口に合うかどうか心配で………』
『美味しいし、いつもはご飯なんて、ちゃんと食べる機会なんてないから、新鮮だ。』
『たまには、こうしてご飯を食べてくださいね?…………せめてバンボラ様がいない時だけでも、どうか!』
『そ、そんなに………………ご飯って、大事なもの?』
『大事です!』
『そういうものなのか。』
『はい、人形を使わないと、皿すら持ち上げられないなんて、そんなこと……あってはなりません。絶対に。』
『でも………ご飯を食べるのは、いけないことだよ。』
『吾輩は、若様の従者です。ですが……それは必ずしも、若様の意思に反さないということではない。若様の為に、今本当に必要なものを、客観的に捉え、行動するのが吾輩の役目ですから。』
『どういう、意味?』
『吾輩は、若様にとって、今一番重要なことが、楽しみと、食事………そして運動だと思っております。バンボラ様になんと言われても、その意思は揺るぎません。』
『………………皆、言うことがバラバラで、何があってるのか、僕にはわからない。笑うな、ご飯を食べるな、動くな………って前は言われたけど、今は、笑え、ご飯を食べろ、動けって言われてる。』
『若様、いいですか?………良く聞いてください。二日に一度、小さいパン一切れなんて、人に与える食事量にしては少なすぎるのです。それに普段、若様は水しか飲んでないですよね?糖分も栄養も、水には含まれていません!!』
『そうなの?!』
『ですので……和食中心になると思いますが、可能な限りは、吾輩と一緒に、きちんとご飯を食べること。約束ですからね。』
『ワショク………』
『東の国の郷土料理です。母から、手紙で作り方を教わりました。塩分は高めですが、栄養は摂れるし……普段ほとんど何も食べないよりは全然良い。』
『分かった。すごく美味しかったから、そうする。』
『ありがとうございます、和食………和食がお気に召したのなら、とても嬉しいです。とても。』
………懐かしい。
懐かしい何かが、頭の中にぼんやり浮かんでいる。
何故、最近………和食を作る頻度が高かったのかが、少しだけ分かった。
忘れてしまった、大事な誰かに、きっと、和食を作ってもらっていたんだろう。
食事の作り方も、箸の使い方も、食事を始める前に心の中で手を合わせることも、その人が教えてくれたのだろうか?
エピンは、味噌汁を一口啜る。
仄かに鰹節の香りはしたが、味はほとんどしな買った。
米も、魚も、少し前はまだ、少しの甘みがあるかないかで、違いが分かったが、もう全くわからない。
彼が早食いで、食べ物を全然噛まないことも、違いがわからない要因の一つだが……………料理の味付けは、確かに、昔と同じはずなのである。
いつものように、砂糖をかけようか………そう思ったが、なんとなくやめた。
………砂糖をかけると、美味しくはなるが、懐かしさがなくなる。
味覚がおかしくなっているせいで、砂糖を大量にかけないと、エピンは美味しいと感じないのだ。
【ごめん、誰に伝えたいのか、思い出せない】
「………そう。」
【それより、これ…………おかしな味付けになってないよな?
分量は合ってると思うんだが】
「え?とっても美味しいけれど。
【そうか、ならいい、今のは忘れてくれ】
「分かった…………そうだ、さっきから言おうと思ってたんだけど、このレシピ教えてくれない?妹に作ってあげたいわ。」
【アリアに?】
「いいえ、リアだけじゃない。あの子が出て行った後、お母様が妹を二人産んだから、その妹にも。」
【他にも妹がいたんだな】
「その妹も、リサと同じ双子。………私は、その子たちの生誕魔法を……人を殺すために、借りていた。ちゃんと謝らなくちゃ、そして、本当のことも伝えないと。」
【そうだな、本当のことを言えるうちに、話した方がいい】