百七歩目 「作り直そっか?(II)」
一方その頃。
「ふわぁ、よく寝た………あれ、なんか体が痛い。」
アリサは、ようやく目覚めた。
と……同時に、肩と腰が、ひどく痛んでいることに気付く。
「私、気を失って………っていうか、ここ、板の間じゃないの!!」
申し訳程度にかけられていた、チェック柄のブランケットを、アリサは自分の体から剥がした。
そして、彼女の声に気づいたエピンが、駆け降りてくる。
【おはよう、元気?】
「ちょっと………元気じゃないかも、私。」
【やっぱり毛布、一枚だけじゃ寒かったか?】
「寝心地の問題!!」
【?】
「硬いところで寝たせいで、全身が痛いのよ!…………立場も立場だし、ベットを貸してくれとは言わない。でも、せめてこの石畳の場所から、フローリングの所に引き摺るくらいはして欲しかったの。」
【すまない、僕にもう少し力があれば】
「あら……そんな、良いって。気にしないで。ただの勘違いした人間に、そこまでする必要なんてないわ。」
【違う、物理的に力が足りなかったんだ
運ぼうとはして見たけれど、腕力が足りなくて】
「えっ。」
アリサは、少し気まずそうな顔をした。
エピンの顔が、仮面越しでもわかるほどに歪んだからである。
【引き摺ろうとも考えたけど、無理だったから
でも悪かった、毛布だけは流石に申し訳なかったと思う】
「あのさ、こんなこと言っちゃいけないかもしれないけど…………………一応、アリアの足とか、手とか目とか、色々やったのよね?」
【記憶が曖昧だからアリアとは言い切れないが、多分】
「どう………やったの、その力で。」
【確か、人形にチェーンソーを持たせた後、思いっきり】
「………………ねぇ、最後に一つだけ、あなたに聞く。」
【何】
「私が、生誕魔法で、あなたの足を潰す前………あなた、普通に歩けてた?」
その質問を聞くと、エピンは首を横に振った。
彼の手は、小刻みに震えている。
……………当時のことを、思い出しているからだろう。
【僕は、元から人形なしじゃ歩けなかった
母上が、外出することを禁じていたから】
「な、なんで………」
ベビーカーのような物に乗せられて、移動する日々。
母がいる時は、部屋にいなければならない。
お人形遊び、勉強や読書、お絵描き、一人チェス、楽器に歌唱、テレビを観る…………
それ以外に、何かやっていたことがあっただろうか?
テレビで、お芝居のDVDを見るのが、幼い頃は一番好きだった。
しかし、知らなかった………………それが実際、目の前で、リアルタイムで行われる物だったとは。
外への興味を減らすために、彼の母が教えなかったのである。
エピンはよく部屋で、見ていた舞台の台詞を言っていた。
〔『我が弟よ!私はどうすれば良かった?』兄を殺したあの瞬間、頭に流れ込んできたその言葉が、今もこの身から、離れん………〕
〔やめて!どうか、自分を責めないで!だって貴方は、あたしの命の恩人〕
〔でも、全てを犠牲にしてまで、我儘を突き通した…………それは、何故なのか?自分でも、自分でもわからない!〕
〔あぁ!!リザヴェーレ………あの夜、あたしに口付けをした貴方は、嘘だというの?〕
〔ミサエルさんに、嘘なんて吐きませぬ!!〕
〔なら、本当のことを言って!あたし……口で言って貰わないとわからないわ!〕
〔けど…………人を愛する資格なんて、もうないんだ〕
〔そんなの、ただ逃げてるだけだわ!〕
〔?!〕
〔にゃ…………ミ、ミカエルさん!いきなり口付けをするなんて……そんな………〕
〔これが…………あたしの、本当の気持ち〕
〔本当の………〕
〔あたしじゃ、ダメかしら〕
〔……………断る理由が見つかりません〕
〔リザヴェーレ!〕
〔だって…………あなたのことが、こんなにも好きだから〕
これは、『貴方に出会えて良かった』という、劇の台詞の一部。
王女の為に、自分の持つ全てを捨てた少年と………身振り手振りが激しい、おてんば王女の恋物語だ。
実際に、歴史のどこかであったとされる話を元にしたこの劇は、今も多くの人々に愛されている。
当時はほとんど意味なんてわからなかったが、母が大好きだったこの話を、エピンも大好きになったのだ。
皮肉にも、母とエピンの好きな劇のジャンルはとても似ている。
他の劇やミュージカルの内容でさえも、彼はほとんど覚えていた。
………今でも、見ていたおおよその台詞を言えてしまうくらいに。
彼は、大量のDVDを見尽くしてしまうほどの時間、部屋に閉じ込められていたのだ。
庭を歩いて良いのは、一日三十分だけ。
例え出る時も、体を極力動かさないために、人形に足を動かせて進むのが当たり前。
毎日体重計に乗せられ、体重をグラム単位で管理される生活。
それらの生活が、彼の頭を当たり前のように、くるくると回っていた。
………………エピンは今、そんな日々を、朧気に思い出している。




