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十二歩目 「貴方のため?(IV)」

僕は狂っている。

狂っているからその ’’当たり前’’ を受け入れられない。

僕の嫌いな当たり前が少ないここでは、平和に生きるつもりだった。





僕は狂っていなかった。

今、靴屋の中で客を締め殺そうとしている。

兄が僕の過去の世界で当たり前だった。

兄は表情を一切変えずに、自分のために人間を殺す。

僕にはそれができなかった。


人を殺めたことは多々あるが、そこには何かしらの感情があった。

動物を苦しめた悪人に対しては恨みがあったし、頼まれた仕事などで報酬が多い時は少し高揚していた。




先程まで、自分がザッハトルテを恨んでいるのだと思っていた。

でもそれは違う。

ザッハトルテが嫌いだから殺すのではない。

メイやケイ、エリーゼが間接的に被害を受けたから殺すのではない。




これは、 ’’自分を保つための殺害’’ だ。




自分が自分をもうこれ以上責めないようにするために。

辛くならないように、苦しくならないように。

彼女のことはもはやどうでもいい。

ただ、このままでは自分が自分でいられなくなる。

人なんて何度も殺してきた。

自分の感情を正当化するための殺意を、恨みという名の言い訳に込める。




「お前を…殺さないと……!」


「助…け………」


「僕に助けなんて乞うな!!僕は化物なんかじゃない!!!」


「お……か…あ………さ………」


「……………」




この令嬢は………街を焼いておいて今更何を言っているんだろうか。

だが、彼女の苦しむその姿は、ただ親のために尽くした娘に見えてしまった。

その表情に耐えられなくなったエピンは、蔦からザッハトルテを解放する。



ドサッ




「ゲホッゲホッ!!」


「はぁ…はぁ……」




彼女は喉を抑えて苦しそうにむせた。

首には、痛々しい茨の跡。

エピンが魔法で相当強く絞めたからだろう。

彼は再び喋るのが気まずくなり、メモ帳を取り出す。




【忘れていた

 実行犯じゃなくても、街の被害者全員に出来る限り損害賠償を払ってもらわなければ】


「うぅ……なんて………力なの………」


【町が燃えて少しイラついていた

 すまない、少しやり過ぎた……詫びる】


「少しどころではありませんわ!!………確かに、わたくしと父がやったことですけれど。」


【感情が昂ぶってしまって

 それより話は変わるが、ザッハトルテは賠償金を払えるのか?

 ザッハトルテのお父様はお金がないから盗みをしたのでは】


「お父様のことは…もうどうでもいいです!!!」


【どうでもいいならなんでクレームに来る理由がない

 本当は心配しているだろう

 正直、足が千切れるとは思っていなかったが

 一体ザッハトルテは何を願ったんだ】


「さっきまであんなに荒ぶっていたというのに……急に目も合わせてくれなくなりますのね!先程の饒舌ぶりはどこに行きましたの?」


【喋ったら、またお前を傷つけてしまう

 自己満足で人を殺すのだけはやめようと大事な人に誓ったのだが

 僕は短気かもしれない】


「首にこんな傷つけておいて、今更格好つけても意味なんてないですわよ。」




ザッハトルテはそう言い返したが、窓からの光景を見て、改めて自分が犯したことの重大さを再認識した。




「……………一生かけて償います、わたくしが父の分まで。」


【こちらも同じにしてしまったことを謝る】




二人は、なんとなくその場に寝転がった。

ザッハトルテの古いドレスも、エピンの長いローブとワイドパンツも、両方足まで隠れるほどの長さである。


今日は隣から、メロンパンの香りがしない。

それは本当に貴方のためなのか、それが当たり前なのか。

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