百五歩目 「なんで知らないんだろう?(IV)」
エティノアンヌは、涙を零した。
…………彼がアリア以外の前で、泣いたことは一度もない。
アリアは、自分が無理をした時に、エティノアンヌが泣くことを知っている。
昔、初めて彼の涙を見た時も、自分が無茶をした時だった。
普段の雰囲気は、無邪気なアリアに、大人びたエティノアンヌが付き合っているという感じだが、エティノアンヌが泣き出すと、立場が逆転する。
「リアが大切…………ノアより、リアの方がずっと大切。」
「即答………ですね。泣きながらそんなことを言われるのは、嬉しいような、悲しいような…………」
「泣いてない、泣いてない!」
そう言いながら、左目からぼろぼろと涙をこぼす彼を、アリアはそっと抱きしめた。
…………………右目を隠している眼帯も、濡れていることには、気づかなかったようだが。
エティノアンヌは、何故か悲しくなり、彼女をぎゅっと抱きしめ返す。
「ケーキを買ってくれたのは、すごく嬉しいです。でも………もう少し、自分を大事にして欲しいなって。」
「ごめんなさい………」
「というか、ケーキって、なんのケーキですか?」
「柘榴の、あの雑誌に載ってたケーキ。」
「え、それ………歩いて数時間くらいはかかるんじゃ?!」
「…………………」
「じゃあ…………もう早速食べましょう。」
「え、まだ朝なのに?」
「朝ごはん………たまには、ケーキでもいいですよね?」
「確かに、たまには…………あぁ!それより、リア。話さなきゃいけないことがあった。」
「な、なんでしょう?」
「リアのね、お姉さんに………殺されそうになってさ。」
「そうですか、殺されそうになったんですね…………って、殺されそうになった?!?!」
「多分………リアが、死んだと思ってる。でも、リアがどうしたいか聞かなきゃだったから、縛って置いてきた。リアが生きてることは、知らないと思う。」
「お姉ちゃん、え………何してんの…………引くわ。何年前だと思ってんの。」
「というか、あの時リアの体を奪った復讐、だよね?なんで、リアがそんな目にあったって分かったんだろう………」
「確か……………お父様の生誕魔法は、一族の誰かが身体的に傷ついた時、どんな状況で死んだかが、なんとなく頭に流れ込み、情景で分かるものです。だから、気づけるはず………」
「じゃあ、なんですぐ殺しにこないの?!」
「お父様が復讐を試みても、多分お母様が止めてしまう。お父様は、お母様が大好きすぎるから、きっと諦めてしまったんです。当時は、お姉ちゃんも幼かっただろうし…………」
「そ、そっか。」
「成長したお姉ちゃんが、私を殺されたと思い込んでるってことですよね……………色々あったのは事実だし、お姉ちゃん、ノアと私の関係を知ったら、気絶するかも。」
「家に、帰りたいなら……帰っても、いいよ?」
「いいえ、生誕魔法がないからって、私を追い出したんですから!戻りませんよ。お姉ちゃんには会いたかったけど、ちょっと怖いし。」
「でも………やっぱり、生誕魔法がないなんて、ほぼあり得ないんだし、そんな理由で、リアを追い出すとは考えられない。実際……普通に生誕魔法、あったじゃん。」
「はい……まさか、愛する人の身体能力や魔法などを、強化する魔法だったなんて思ってもいませんでした。通りで見つからなかったわけです。」
「実際使えていても、リアの一族の身体能力は、聞いただけでわかるくらい凄いものだから、分からないよ。」
……………エティノアンヌは、自分の生まれについて話そうか、まだ悩んでいた。
なんとなく怖かったため、彼はチキって、眼帯をつけている。
母からの手紙は読んだが、どうすればいいのかさっぱり分からない。
手紙には、心の一族の生まれであること、自分は家を捨ててきたということ、私の弟を頼って欲しいということしか、書いていなかった。
アリアに母の名前を聞けば、何かわかるか?
だが…………それは、自分の生まれを明かすことになる。
そこまで似ていないし、兄妹ということはないだろうが、心の一族は、分家と本家で相当ギスギスした関係らしい。
もし、アリアに迷惑がかかったら………
でもここまで来たら、いっそ正直に言ってしまった方が、楽だろう。
エティノアンヌは涙を拭い、思い切って、アリアに言ってみた。
隠すつもりはなかったけど、言えてなかったな。




