百二歩目 「なんで知らないんだろう?(I)」
トルテは、店の奥から何かを持ってきた。
エピンは彼女から、そのふわっとしたものを、そっと受け取る。
それは…………紫のヒヤシンスと、スイカズラで出来た花束だった。
「その花束を持ってた人………不思議な人だったんです。どこからかガーベラの花束を出して、それを一瞬で消したり、最初は喋れないと言っていたのに話したり………」
【間違いない、兄上だ】
「まぁ、お兄様もいたんですのね!」
【お兄様、も?】
「え?だってエピンさんには……$#*¥>&………」
エピンは、その言葉を聞き取れていなかった。
しかし、エピンは聞き返さない。
嫌な予感がする。
それに、聞き取れなかったというより、体が無意識に、遮断したようで………
とりあえず、兄のことは一旦諦めるしかない。
エティノアンヌの身体能力は、とてつもないものであり、追いつくなんて不可能なのだ。
「………あの方が、エピンさんのお兄様でしたの?」
【多分】
「というか、エピンさんに復讐しようとしている人は?!」
【そうだ、戻らないと】
「待ってください!一人じゃ危険です!!」
【これは、僕の問題だ】
「そ、そんなこと言ったって!!」
彼は、笑った。
安心させるためなのか、本当に心からの笑顔なのか、わからないような笑顔。
トルテは、その笑顔から、何かを感じ取り………口を噤む。
「僕………ま、迷っちゃう……から。」
エピンは、もう何かから目を背けたくなかった。
大事な何かが、自分の中からなくなってしまったように、復讐しようとした彼女から、何か大事なものを奪ってしまったのだろう。
自分はその存在をほとんど忘れてしまっているようだが、きっと彼女はずっとずっと、大事な存在を忘れられないのかもしれない。
……………それを奪ったのは、僕なのだから。
何年経っても、何年経っても、殺した罪は消えない、命は戻らない。
思いは途絶えることがあるが、彼女の復讐心は途絶えなかった。
その復讐心に、どう接すればいいのか、どう向き合えばいいのか。
それを、ちゃんと考えなければいけない。
ガチャ
「ちょっと、どこに行ってたの?!」
【あなたに、言わなくてはいけないことがある】
「と、突然何……?」
【本当に申し訳なかった】
「………なんのこと?」
エピンは、長いズボンの裾をめくり上げた。
それを見て、女は思わず目を見開く。
「鉄……?!」
「……………………!」
「長い髪、その不自然なほどの細身の体…………そんな、男だったなんて!!」
「………………」
「貴様が殺した………あの子を……………アリアを!!!!待っててね、リア………リサがリアの仇を打つからね……」
女は…………アリサは、エピンにナイフを突き刺そうとした。
エピンは、彼女のナイフを人形で受け止める。
エピンは、大混乱していた。
アリアを…………殺しただと?
いやいやいや、誰を殺したかは忘れたけど、アリアは生きてるはずだ!!
じゃあ兄上と一緒にいた赤髪の女性は、兄上がアリアと呼んでいたあの人間は誰?!
いや、アリアなんて珍しい名前………他にいるはずもない。
この女は一体何を言っているんだ?
まずアリアは五体満足だし、極めて幸せな生活を送っているのでは?
「ま、ま…………待って!」
「なんだ?!今更怖気付いたのか?!」
「殺して………ない!ち、違う!!」
「今更何を言っているの?!さっき足を見せて……」
「えっと……その…………多分、い、い……生きてる。」
「?!」
アリアは、思わず動きを止めた。
「一応、言い分だけは聞く。でも嘘だったら……殺すから。」
【兄上にあったんじゃないのか?アリアのことを聞かなかったのか?】
「知らないって言われた!それに、それは嘘じゃなかったの!!」
【本当に?】
「だって、彼女の遺体は存在しないって…………あ。」