百歩目 「目に見えないからね?(III)」
「そうか!良かった……良かったよ。あの子は幸せだったんだね?」
「あぁ、母はその後旅に出た。」
「良かった、本当に良かった…………」
「ところでお客様は、母さんと………どういう関係なの、かな。」
「あ……そのね、昔、少し一緒に…………商売をしていたことがあるんだ。」
「…………母さんが、自らの身を売る仕事をしていたことは知っている。気を遣う必要はない。」
「す、すまないね…………まぁ、ステファーヌは、ブランシュ王国に行くと言ってから、突然いなくなってしまったんだよ。探したんだけれど、いろんな場所を探しても見当たらなくてね。」
「母さんは、父上………いや、父さんに一目惚れして、そのまま一緒になった後………私を身籠ったと言っていたよ。そういえば、その際何も言わずに恩師の家を出て行ってしまったと行っていた。いつか謝りたいと行っていたような気もする。父が死んだ後、母は、君も大人になったし、旅に出ると言って、どこかへ行ってしまったんだ。今頃、異国の地で元気にやっているだろう。」
「ステファーヌらしいねぇ。」
教祖は安心したのか、目に涙を浮かべながら、エティノアンヌにお礼を言い続けた。
教祖は、ずっとこのことが、どこか気がかりだったのだろう。
それら全てが嘘だったとしても、エティノアンヌの上手な嘘に騙されている方が、きっと幸せである。
「あんたは、ステファーヌに似ていたから、ついつい長話してしまった。話したらいけないというのに、申し訳ないよ。」
その後、教祖が帰ると………エティノアンヌは、アリアの様子を改めて確認した。
熱はもう無い、よく眠っている。
アリサの話をしなければ、という意識があるため、エティノアンヌは妙に緊張していた。
「………そろそろ、母さんからもらったあの手紙を読むべき、かな?」
エティノアンヌは、母が死んだ日、部屋に残されていた手紙を今も開けずに持っている。
〔自分が何者なのか、知りたくなった時に読んで〕と書かれているその手紙……………なんとなく開けるタイミングを逃して、数年間ほったらかしにしてきたのだ。
母が王国の人間でないことは知っているし、かつて溶かした自分の目には、妙な模様が浮かんでいたのである。
その模様の正体と、自分の出生が関係しているような気がして、今まで復元が容易な溶かした目を、復元してこなかった。
家名がないというのも、おそらく嘘。
母さんが、王から金を巻き上げようとして、無理矢理に一晩を過ごし、その結果奇跡的に生まれたのが、私という人間なのだろう。
そこまでは、時雨に教えてもらっていた。
しかし………母さんは、おそらく貴族の生まれ。
普段は手袋をしている母さんの、手の甲に浮き出た模様を見た時、母さんは青ざめた顔で、絶対にこのことを誰にも言ってはいけないと、私に釘を刺した。
その模様は………きっとどこかの貴族のもの。
母さんは王国外の生まれで、私が殺されるのを防ぐために隠していたのかもしれない。
王国内の貴族なら、ただ根回しして、正式に側室になれば良い話なのだから。
彼は……………アリアに、何度も問われていたことがある。
『そのアイパッチ………確か、眼球がないんですよね。炎症を起こしているとかじゃなくて。』
『うん、そうだけど。』
『前から思ってたんですけど、なんで目を作らないんですか?………植物の力で普通に治せません?』
その通りだ…………だがエティノアンヌは、なんとなくあの模様の入った目のことを、思い出すのが嫌だった。
怪我していない方の目を複製すれば済むことだが、それも母の血を否定しているようで複雑だった。
どうすればいいのかわからず、結局そのまま………………
「…………治そう、そして手紙を読むんだ。」
エティノアンヌは、目を復元した。
そして、いつもアリアと一緒に化粧をする、大きな三面鏡の前へ行き、一人で座る。
彼の目には、彼女の頬と同じ、ハートマークが映っていた。