九十九歩目 「目に見えないからね?(II)」
ガチャ
エティノアンヌは、ケーキを持って、屋敷に戻ってきた。
……………アリアの看病をしていた教祖が、彼を出迎える。
「あんた!随分と遅かったじゃないか!!」
「………………」
「やむを得ない時以外は会話できないんだったね……………まぁ、何か事情があったんだろ。」
「…………」
「ケーキは買ってこれたようだし、あたしゃ帰って良いかね?……………いつも元気なこの子の苦しそうな顔を見ると、気が滅入るんだよ。」
「……………!!」
「え?なんだ、このうちの一つはあたしのってか。食べないのかい?」
「……………………」
「甘いものが嫌いってのは嘘だ。この子は、あんたのお礼に氷菓を勧めていたし。」
「………………?!」
「何を伝えたいのかなんて簡単にわかる、あんたは………………感情が繊細で、豊かだからね。」
「…………………………」
「あんたとは、一度話してみたかったんだ。電話越しの会話は短かったけど、楽しかったよ。」
教祖は、くしゃくしゃの顔で笑ってみせる。
エティノアンヌは、笑顔を見たからか少し落ち着いた。
「ついでに、頼まれた物も持ってきたよ。でもあたしゃ、見てわかる通り目が悪くて…………だからとりあえず、適当な部屋に置いておいたよ。」
「………………」
「というか、例の子供………いらないってどういうことだい?それに、その代わりに死体が欲しいだなんて、本当に変わってるねぇ。」
「……………色々と、ありがとう。」
「なっ……?!」
「喋れないわけではないよ、アリア以外の誰かに、情を持つこと…………そのものがいけない。私は、ついつい長話をしてしまう。何人もの人間と触れ合えば、生きることは叶わないから、人と話すことを無理矢理避けているんだ。」
「まぁ、そうなのかい。だからあの子は、頑なにあんたに合わせようとしなかったんだね………」
「そ、そんなことが?」
「知らなかったのか………あの子が黙っていたんだね。きっとあんたが大事なんだよ。」
「彼女は、器用だがとても繊細な人だ。私に何かあった時は………代わりにお客様が、傍にいてくれないか。」
「あたしじゃ、あんたの代わりになんか見合わんさ。遺言みたいなこと言ってないで、傍にいてやりな、旦那様。遺言ならあたしが聞いてほしいくらいだ。」
「そうか、では私がお客様の遺言を聞こう。」
「ちょっと!比喩だよ比喩、例え!!」
「えっ?」
混乱している彼の姿を見て、教祖は、似たようなとぼけ顔を思い出す。
片目も鼻も口を衣装で隠していても、似ていると思ってしまったほどに似ていた。
もう、そのとぼけ顔の持ち主がどこに行ったかはわからない。
単刀直入に言えば、その人間は行方不明なのである。
教祖は、何を思ったか、エティノアンヌに質問をした。
「そうだあんた……名前は?」
「……………エティノアンヌ、長いからノアでいい。」
「そうか………じゃあノア、ステファーヌという人を知らないか?」
「さぁ、知らないな。というか、どうして突然そんなことを聞くの?」
「確かに突然だった、すまないね………似ていたんだよ。あんたと。」
「どういうところが似ていたの、かな?」
「何もかもだよ、喋り方とか、身長の高さとか。その一箇所だけ違う髪色もね。」
「…………………そうか。」
「まぁ、空似というやつか。気にしないでくれ。」
「ステファーヌは、私の母だよ。」
エティノアンヌは、思わず真実を伝えてしまった。
もしかしたら教祖が、母の出生を知っている者かもしれないのに。
自分の境遇が、知られてしまうかもしれないのに。
「嘘じゃないだろうね?!?!」
「あぁ。」
「ステファーヌは、元気にしてるかい?数十年くらい前、急にどこかに言ってしまって………」
「………………母は、その…………世界中を旅している。どこにいるかはわからないが、おそらく元気だろう。」
エティノアンヌの口から、咄嗟に嘘が出る。
…………母は火で炙られて、存在ごと消されたと、言えるはずなんてない。




