九十八歩目 「目に見えないからね?(I)」
植物をいくら憎んでも、植物は人ではないので、怪力にはなれない。
アリサは、必死にもがいていた。
エティノアンヌは、悩む。
色々な出来事が多すぎて、何から整理すれば良いのかわからない。
放っておくのが一番楽だ。
……………しかし、アリサは確証もなく関係のない人間をを襲う。
というか、この近くに弟がいるのだから、弟の居場所を知ったら、まず真っ先にそちらを殺しに行くはずだ。
エティノアンヌとって、エピンは愛する弟であり、相棒の仇。
楽観的な彼でも、思う所はある。
それに…………あの時、時雨を殺したようなものだ。
時雨が父にやったように、明確に止めを刺したわけではないから、これも扱いに困る。
今更………普通の兄弟がするはずだった、他愛のない話なんて……………………
聞いたことは、絶対に忘れないし、忘れられない。
アリアが、姉の話をしていた時の内容も、ちゃんと覚えている。
彼女の姉…………アリサの生誕魔法は、憎んだ人を攻撃することができる魔法。
手を素手で潰したことから、憎んだ人間への憎悪で力が飛躍的に上昇するものなのだろう。
あの事件の後、私はすぐにアリアを連れて行ったから…………あの後のことは何も知らない。
エティノアンヌは、アリアを治した後、彼女が望む場所へ連れて行こうとしたが、ずっと一緒にいたいの一点張りだった彼女に根負けし、そのまま王城に戻らなかったのだ。
「警察なんて当てにならないし…………もうこのままで、良いかな?お客様を待たせるのも……………」
アリアは、家を追い出された身。
例えアリサが手を回して、帰れるようになっても、アリアが帰りたいかはまた別の話である。
かなり幼い頃、元々親と別室で過ごしていたからなのか、彼女はあまり家族への執着がなかった。
アリサには会いたい、と幼い頃に一度言っていたし、姉の話はそこそこしたが………両親に対しては、 ”一応” 尊敬はしているとしか聞いていない。
それに、数年前と全く同じ考えを持っているとは限らないだろう。
とりあえず、まず屋敷に帰らないことには始まらない。
ケーキを買いに行っただけなのに、どうしてこんなことになったんだ!
「離せ!!!この植物からっ、解放しろ!!!!」
「ごめん、それはできない。」
「貴様…………こんな強力な魔法を持っておいて、先程の身体能力はなんだ?!一族の秘術を持ってしても追いつけないなんて………」
「私の魔法が強力なのは認めるけど、そんなに、身体能力………高い、かな?」
「嫌味か!!高いに決まっているだろう?!」
「え、そうなんだ……………二人目の弟も、伴侶も、母も、さっきの私と、同じくらいの速度で動けていたから、知らなかったよ。」
「それは貴様の家族がおかしい!!!」
「もしかして…………天然の化け物って、めっちゃ足速いって意味だったのかな?君は抜けてるって言われてたのも、足の速さで抜けてるってこと?」
「…………………」
「あ、帰らなきゃだった。じゃあ、またね!」
エティノアンヌは、アリサをどうするかを放棄したまま、ものすごい速度でどこかへ去っていった。
アリサは、植物に縛られたまま、唖然としている。
…………本当に妹を刻んだ男は、こんなちゃらんぽらんな馬鹿げた男なのか?
彼が殺し屋であることを認め、妹を殺していないと否定しなかった以上、彼がやったとほぼ断定していい。
しかし、エティノアンヌがあまりにも阿保に見えて、本当にこんな人間がやったのか信じられなくなってきている。
アリサは知らなかった。
天才と馬鹿が、紙一重であることを。