外伝 「毒芹を持った蜘蛛、雨の中の人形劇(III)」
彼の、白い目と、黒い目からは…………先程の殺意が消えている。
ボロボロの二人を見たその少年は、二人の前で何故か手を合わせていた。
「お母様が手紙で仰っていた、ライセというものがあるのなら…………また会えますよね。」
少年は、今度こそバグノーシアとエティノアンヌを殺すために、再び氷を作り出す。
彼は、出来るだけ口角を上げた。
バクノーシアの目には、ぎこちない笑顔が映る。
「またライセで、今度は…………兄弟四人、一緒に笑っていられますように。」
しかし次の瞬間、その言葉を聞いたバグノーシアの近くから、蔦が現れ、その少年の首を絞めた。
バグノーシアは、エティノアンヌ以外の人間を愛してしまったのかもしれない。
あれほど、彼以外の人を憎んでいたというのに。
朦朧とする意識の中でも、彼の辛そうな顔と、優しさは伝わってきてしまったのだろう。
この少年も、自分たちと同じだったことが、わかってしまったのだろう。
目に見えるものが全てじゃない、それはきっと本当だ。
自分の体を、血だらけにした相手にさえ、優しさと、守る者がある。
色々な感情が爆発して、蔦に現れた。
皮肉にも、” 王族にしか使えない ”、この魔法に現れた。
「苦しい……息が………」
「ノア…ノア…」
「嫌………まだ、お母様に……会って、ないのに…………!!」
ほぼ死ぬ寸前だというのに、バグノーシアの蔦は、しっかりと少年の首を絞めている。
エティノアンヌを守りたいという意思と、現実を知ったショックで、彼はおかしくなっていた。
「誰か……助け…………………一目だけでも…………お会い………したいの………………」
少年は、母のことを思い出す。
母と言っても、実際には会えていないのだが…………手紙を送ってくれる、大事な母だ。
彼が生きるのを諦めかけたその時、どこからか現れた別の蔦が、バグノーシアの胴体を完全に潰した。
「時雨!!!!」
今……………別の蔦を出現させ、少年の名を叫んだ彼は、彼の主人である。
バグノーシアの実の弟であり、エティノアンヌの腹違いの弟……………エピン・ノーブル・フィススタンツェ=ブランシュだ。
「時雨!!!大丈夫か?!一体何をしに行ったんだ!!!!」
「若……様。」
エピンは、時雨に駆け寄ろうとする。
しかし、更に別の蔦が……………それを阻んだ。
「はぁ…はぁ………バグノーシアを、返せ……………」
「兄………上?」
「バグノーシアを返せ!!!!」
「え?!」
「この…………人殺し!!!」
「僕………僕が…………………嘘、嘘だ、僕が?」
エティノアンヌは、混乱しているエピンと衰弱した時雨に、襲いかかった。
数時間後。
正気に戻ったエティノアンヌは、バグノーシアの遺体の場所に戻った。
胴体が潰されたバグノーシアの顔は、眠っているようで、とても美しい。
死後は魔法の効果が切れるため、生誕魔法が外れたのだろう。
「君が、悪夢から目覚めたなら………私は嬉しいよ。」
その姿は………実の弟、エピンに瓜二つ。
頬の模様も、エピンと全く同じだった。
「君の本当の顔を、私が描く。そしていつか………君の弟に、その姿を刻んであげるから。君の思いを前に一度聞いたから………君は弟を憎んでいる。だから、絵が完成したら一度、その絵を見せて、君の思いを伝えるね。」
心優しいエティノアンヌは、兄弟全員を愛している。
…………バグノーシアを殺されても、それは揺るがなかった。
「君のことは、絶対に忘れないし、絶対忘れられないよ。私は、記憶力が良いからさ。…………じゃあね、相棒。」
数年後、エティノアンヌは一度だけ、バグノーシアとして、エピンの心を深く抉った。
優しい心を全て捨て去った、その時のエティノアンヌの姿は、今でもエピンのなかに深く残っている。
誰が恵まれているかは分かるかもしれないが、だれが幸せかなんて…………ね?