外伝 「毒芹を持った蜘蛛、雨の中の人形劇(II)」
『僕の表情がわかるのか?』
『わかるさ、今はすごく驚いてるね。』
『なんで、僕の表情が分かる?!?!』
『目に見えるものが全てじゃないから。』
『………どうして、ノアほど美しく、才能に溢れている人間が、そういう視点を持てるんだ?』
僕は、疑問に思った。
目に見えるものが全てではないと、自分が見ている世界だけが全てではないと、そう言い切れる人間は、そんなにいない。
自分には見えない他者の心を思う力は、他者の痛みを知っている人間が持っている。
この欠点がない、誰もが羨む人間が、どうしてそんな視点を持てるのだろう。
『バグノーシア………そういう視点って、どういう意味?』
『なんていうか、何か欠けている部分がある人間だけが、目に見えるものが全てじゃないのにって、思えると思ってたから。』
『…………じゃあ、見せてあげようか?私の弱み。』
『弱みなんて、ノアにあるの?』
エティノアンヌは、ゆっくりと頷いた。
そして………オレンジ色の眼帯を、植物で外す。
『美しくなんて、ないでしょ?』
『………!!』
『皆、私を美化する。頭がいいとか、見た目や歌が美しいとか………最初は私のことを軽蔑していた癖に、私のことを知らない癖に、私の本当を知らない癖に。』
『それ……そ、それって…………』
『母さんだって、燃やされた。誰も助けてくれなかったよ。自分を助けてくれるのは自分の知識と経験だけ。美しいふりをしながら……生きてる。』
『嘘………………』
『母さんは王国の人間じゃない。私は母さんのその嘘がバレれば殺される。この目は、生きるために溶かさなきゃいけなかったから溶かしたんだ。これも薬剤の知識がなければできなかったこと。やはり、僕を救うのは知識と経験だけなんだ。』
中身はもう少し美しいのに。
中身はもう少し醜いのに。
僕ら兄弟は、本当の自分を見てもらえていないのだと気づいた。
そしてこの日から、僕らは唯一無二の相棒になったのである。
七歳になってからは、二人で殺し屋になった。
リーダーの魔法で洗脳されている間は、辛いことを考えなくて済む。
みんな、色々な過去を抱えていた。
それに、ここにいれば、自分たちの力や、知識が生かされる。
例え殺し屋の集団でも、僕らにとっては居心地が良かった。
そして、今日も城を抜け出して、殺し屋のアジトに行こうとしていた。
しかし、城の扉を開けたその瞬間…………
「初めまして。」
目の前には、水色の髪をした少年。
右手に持っている鉄製のものは………なんだ?
「バグノーシア!!それは殺虫剤だ!!!」
「……え。」
「危ない!!!」
ガタッ!!
シュー
ノアが、腕を全て植物にして、僕に覆い被さる。
僕は、何が起こったのか理解できない。
「……………ノア?」
「苦し……こ、呼吸も……光合成も、でき、な…………」
「な、何してるの?ねぇ……」
ドサッ
重いと感じた時には、ノアはもう動ける状況ではなかった。
体の痙攣が止められないのか、彼は、ガタガタと震え続けている。
僕は、ノアが庇いきれなかった足の一部が、ひどく傷んでいることにやっと気づいた。
これは危険なもので、生命の危機がある!!!
「バンボラ様の意思に逆らうな。」
「今、ノアに何をしたんだ?!それはなんだ!!」
「バンボラ様の意思に逆らうなってば!!!」
「バンボラ様…………?」
「嘘だろ………それすらも知らないのか?!我輩ですら………なのに………」
「なんでノアが…………いきなりなんなんだ、お前は!!!」
「……………どうせ貴様らは死ぬ、だから若様のために殺されろ。若様と吾輩には、まだ生きるチャンスがあるのだ。」
「質問に答えてくれ!」
「抵抗すればするほど、苦しくなると言うのに………」
「意味がわからない、質問に答えろと言っている!!」
なんで僕らが死ななければいけないんだ。
お前は選ばれているかもしれないが、こっちには居場所すらない。
そんな僕らを、さらに追い詰めるっていうのか?!
「あぁ………やはり、口調が似ておられる。バンボラ様には、最後まで殺虫剤でと命じられているけど………氷で刺した方が楽ですよね。」
シュー
「ぐっ?!」
僕の体に、とてつもない痛みと吐き気が走った。
神経から痺れていく、無駄に八本もある足ももう動かない。
息ができない、苦しい、痛い、死にたくないのに。
あ。
クルシイ
クルシイクルシイ
クルシイクルシイクルシイ
クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ
イシキガキエル…
「虫だ、花だ、人間じゃない!!!!氷で……突き刺せば終わる!!!!!」
グシャッ!ドシャッ!!
「死ねってば!!!早く死ねってば!!!!」
グシャッ!ドシャッ!!グシャリッ!
「吾輩は正しい、バンボラ様に従わなければ若様と吾輩が死ぬ、やらなきゃ、上手にやらなきゃ………!!」
ドスッ!!グシャッ!
少年は、水を操り……衣服についた血を洗い流す。
……………扉の外の風が、急に強くなって、雨が降り出した。