九十三歩目 「何処かで生きてますよね?(III)」
グシャ………ゴトッ
女の大きな声に、トルテは驚く。
……………客の腕は、既になくなっていた。
「お客様?!」
「…………………っ!!」
「と、突然なんてこと………素手で!!」
トルテは、その女がエピンに復讐しようとしていることを確信する。
メイがいうには、エピンは素手で足を潰されたらしい。
この女は、客の腕を素手でちぎった。
………復讐相手はエピンさんのはずなのに、なんで?
この人は本当に、無差別に、人を?
わたくしも……死ぬの?
「あの子の遺体はどこ?!」
「やめてください!この方は目と耳が………」
「そんなのフェイクに決まってる!!」
「?!」
狂ってる!!
この人には、なんの罪もないのに………
客は、片腕で必死に何かをしようとしている。
相当痛いのだろうか。
「やめて!!ご無理をなさらないで!!」
「………………よし、これで聞こえる。」
「えっ……喋れ……て……っ?」
「結構痛い………本当に申し訳ないが、渡したガーベラを一旦返してもらおうか。」
「……………?!」
客は、突然立ち上がった。
そしてトルテが落とした花束を吸収する。
女もトルテもあまりの光景に驚き、思わず固まってしまった。
客の腕は、なぜか元に戻っている。
「化け物め………!」
「え、どういう状況…………というか、君は誰だ?」
「貴様が………私の大事な…………」
「何を言っているかはわからないが、乱暴は良くない。」
「とぼけるな!!貴様が、私の大事なものを奪ったんだ!!」
「ごめん、本当に、今言うことじゃないかもしれないけど、一つ言わせてくれ……………帰っていい、かな?」
「…………は?」
「内緒で出かけてきたから、早く帰らないと………私、怒られてしまうのだけれど。」
「………………あれ、私があの時あった人って、こんな人だったっけ?」
「やはり勘違いか………よく考えてから行動してくれ、ケーキを持ってる方の手を、切り落としていたら、ケーキを粗末にしていたことになる。とりあえず、ケーキを作ってくれたこの女性と、ケーキに謝罪するべきだ。」
「我が身よりケーキか……すごい精神力だな。じゃ、じゃあ………足を見せてくれ。これが終われば謝罪する。」
「嗚呼、分かった。」
客は、引き摺るほどの服の裾を、捲り上げて見せた。
その足は、とても細かったが、どこからどう見ても作り物ではない。
「一応少し触らせてもらう…………結構、その……美脚だな。」
「脚が好きなんだね。」
「本物かどうか確かめるためだ!断じて違う!!」
「………?よくわからないが、私は、首や手がすごく好きだ。首と手には、その人らしさが出ると思う。ちなみに、脚意外に好きな部分は?」
「……………脚より鎖骨が好きだ。っじゃなくて!と、とりあえず謝る。店主さんも、お客さんも、ごめんなさい。」
「私はいいから、ケーキに謝ってくれ。」
「えっ。」
「ケーキにも謝るべきだろう?」
「%#<$¥*…………」
「声が小さい、もう少しちゃんと謝ってくれ。」
「…………ケーキ………さん……ご、ごめんな………さい。」
女は、渋々ケーキにも頭を下げる。
ピーマンを残した子供が、ピーマンに謝るようで、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
この男は………少し頭がお花畑なのかもしれない。
ここは怒ってもいい場面だというのに、脚が好きか?という質問を投げかけてくるなんて…………
「君は、どうしてこんなことをした?」
「いや、それは………」
「別に単なる疑問と好奇心だよ、君の動機が知りたい。」
「大事な人を………妹を、殺されたから。」
「……………君の妹、殺してないけど?」
「あなた、ばっ、馬鹿なの?!その人物とあなたを間違えたってことよ!!」
「私は……………大した手がかりもないのに、私の腕を潰した君の方が馬鹿だと思う。」
「…………急な正論はやめてくれない?」
「君がその………………あ、名前を聞いてなかった。名前は?」
「あなたといると調子狂うわね…………ちなみに、私の名前はアリサ。」
「そうか、私は………事情があって本名を名乗れないから、好きに呼んでくれて構わない。」
「名前に込められた意味だけ、教えて。」