九十二歩目 「何処かで生きてますよね?(II)」
【私は耳が聞こえず、喋ることもできません
目も、なんとなく周りが見える程度で、文字を読むことはできません
体の弱い同居人に文字を書いてもらいました
柘榴のケーキを二つください、箱で持って帰ります
ラッピングは大丈夫です
接客の際は、私の親指に触れてください
売り切れの際は、人差し指に触れて、何か別のケーキを売ってください、なんでも構いません
終わったら、私の手全体を握ってください、そしたら私は帰ります
出したお金は全て差し上げます、お釣りは結構です】
トルテは、素直に感心した。
体の弱い同居人は買い物に行けず、自分は目と耳が不自由で、障害物や行列などはかろうじて認知できても、買い物が難しいのだろう。
しかし、これは本当によくできたシステムである。
治安がいいこの街でしかできないかもしれないが、とてもしっかりしたアイデアだ。
トルテは彼の親指に触れると、柘榴のケーキを二つ用意し、箱に入れる。
そして、取手のついた袋に入れ、取手の二つがバラバラにならないように、リボンを結んで固定すると、その男と握手をした。
彼は、トルテに札束を渡す。
高い宝石が数個買える額だったが、お釣りは結構ですと書いてあったので、肩代わりしてくれている、エピンへの返済にあてることにした。
「ありがとうございました。」
トルテは、袋を男に差し出す。
耳が聞こえないその男にも、自分が渡されたのが、箱ではなく袋だと分かった。
もしかしたら、自分のために、持ちやすいようにしてくれたのかもしれない。
そう思った男は、どこからか、綺麗なガーベラの花を出現させる。
一瞬で出てきたがどこから出てきたかはさっぱりわからない、マジックだろうか?
ピンク色の綺麗なガーベラを差し出され、トルテは思わず声が出てしまった。
「わぁ!なんて綺麗なガーベラなのかしら。」
ガーベラ、という言葉に、思わず女が振り返る。
しかし、それは人の名前ではなく、花の名前だった。
…………名前違いか。
そう思った彼女は、再びケーキを鳥のように、ついばもうとしたが…………その男が気になり始める。
この客はとても長身で、スカーフを頭巾のように身につけているが……………長い髪が見えているし、あの民族衣装は大抵女性が着る物だ。
……………もしかしたら、この客は女なのでは?
それがなんだという話だが、彼女は、なんとなくその人物が気になり、トルテと客を見つめている。
「ありがとうございます、嬉しいですわ。」
「………………」
「大切に花瓶に挿しておきますわね!」
「…………………!」
客にも、トルテが喜んでいることがなんとなく、雰囲気でわかった。
客はトルテを喜ばせたかったのが、再びマジックを見せる。
サッ
なんと、ガーベラの花束が出来上がった。
「まぁ、こんなに!ど、どこから………すごいマジックですわね!本当にありがとうございます!」
そんな二人のやりとりを見ていたその女は、震え出す。
トルテは、この客を真正面から見ていたため、気づかなかったのだろうが、二人を横から見ていた彼女は、あることに気づいたのだ。
この客は後ろに手を回し、トルテの死角で、一から植物を一瞬で栽培している!!!
もしかしたら、花の名前ではなく………能力?
違う、いや……そうだ、というべきか。
この人間こそ、私が長い間…………探してきた人物なのだ!!
目や耳が少し不自由だと言えば、歩き方が不自然でも問題はないだろう。
引き摺るほどの服で、義足を隠せば済む話だ。
長身だが骨が細く、ぱっと見、男か女かも…………よくわからない上、言葉も発しない。
耳が不自由なら言葉を発さなくても普通だし、目が不自由ということにしておけば、手話を覚える必要もなくなる。
顔も性別もわからない、声で判別することも不可能なのだから。
かわいそうなあの子と、同じ目に合わせてあげる。
両腕、両足、両目、血を流しながら痛みに耐えた、あの子の心を思い知りなさい。
お父様の魔法はあっていたのね、やっぱりこの辺りにいたのね。
そんな民族衣装を纏って…………普段は引きこもっているんでしょう?
どうりで聞き込みをしても見当たらないはずだわ。
見つけた、やっと見つけた。
「やっと見つけたわ!!!!!!!」