八十九歩目 「やっぱり妬ましいんだ?(III)」
『わ、吾…………俺みたいな奴に、そんなのもったいないです!』
『そんなこと気にするな。』
『でも…………』
エピンの左目の色が、段々と変わっていく。
彼が、俺みたいな奴にそんなのもったいない、という言葉を使うなら、自分は一体どれほどのゴミクズなのだろう。
俺みたいな従者、という意味なのか?深読みしすぎなのか?
???は家柄以外の全てで、僕に勝っているというのに。
雨に愛されるあの魔法が手に入るなら、僕はなんだってした。
美しい人間が近くにいれば、美しいことに意味など無くなる。
母上にメイクをしてもらい、自分に似合うドレスを選んで、美しくなろうとしてきた。
それなのに、特別なにをしているというわけでもないのに、どうして彼は、僕と同等に美しいんだ?
妬ましい。
父と兄に似た切長の目、その透き通った水色の髪、雪のように白い肌。
要領が良く、努力家で、勉強も運動もできるその能力。
魔法が使えて、秘術が使えて、左足首には王族と一族の模様。
天は二物を与えずなんて、そんなの嘘だ。
兄上と???の境遇は、確かに辛いものだったかもしれない。
人の辛さの度合いを、決めつけたくもないし、推し量りたくもない。
でも、おかしいじゃないか、そんなの。
それに、よりによって、何もない僕の近くに……いるなんて。
なんでそんなに沢山のものを持っているんだ。
別に持っていたっていいけど、何かでは勝たせて欲しかった。
二人よりちょっと優れているところがあれば、それでいいのに、それでいいのに………!
顔が、嫉妬で歪む。
鈴蘭の根元はそれと同時に、グシャッと音を立てた。
エピンは、自分でも表情が崩れたと感じたのか、必死に口角をあげる。
母への愛を思わせていた赤い瞳は、嫉妬と薄らいでいく友情を感じさせるような黄色に変わっていた。
………そうだ、あの ”大事な人” は同い年の少年だったか。
名前は全く思い出せないが、なんとなく存在を覚えている。
大丈夫だ、決して他の皆のことを忘れたりなんてしない。
エピンは、母に極端な価値観を刷り込ませたこと、それによって本当の自分を失いかけていたことを話した。
実際、自分は女性になりたいのではないかと思っていた時期もある。
しかし、彼自身………全くそういった願望はない。
髪は切るのも面倒だし、手入れすることも好きなので、今でも髪は伸ばしたままだが、普通にワイシャツにネクタイといったシンプルな服を着るようになった。
今の彼にとってアクセサリーは、 ”ただ動くのに邪魔なもの” である。
好きな食べ物は菓子パン(ほとんど味はしないが)、嫌いなものは梅干し、得意なことは楽器と歌、苦手なことは乗馬以外のスポーツ────両性愛者で、恋愛対象は主に女性………好みのタイプは〔首と舌が良い感じな人〕………………ちょっと変わったところや、何を言っているかわからないところはあるが、喋ることが苦手なこと以外、ごくごく普通の男と言えるだろう。
しかし、あの時………母を拒絶せず、今でも会い続けていたらと思うと…………
『母上、もう少し大きいサイズの靴はありませんか?』
『また?…………そんなものないわ、あってはいけない。』
『わ、わかりました。あの、それと…………お洋服の丈が足りなくて。自分で丈を合わせたいから、布を…………』
『まだ六歳よ………?どうしてあなたはこんなに背が高いの……130cmなんて………』
『……………???も、同じくらいですよ?』
『そんなことはどうでもいい!!』
『は、はい!』
『運動はしてないわよね?』
『してません、ちゃんと言いつけは守っております。でも、何故運動をしてはいけないのですか?』
『エピン……………あの卑しい女から生まれた二人の、骨格が違うのはわかる?』
『卑しいって…………えっと、兄上と???の骨格ですよね。確かに、どこか違いますけど。』
『あなたの従者は男性的な骨格で、あの植物は女性的な骨格なの。エピンは前者だから、運動するとドレスが似合わなくなる。だから絶対に運動は駄目よ。』
『はい、母上。』
『確かに、出されたら出されただけ食べる子だけど、食べても食べなくても大丈夫な子だし、声もまだ大丈夫………顔は問題ないけど身長と骨格が危ない。模様の進化もしてないし、体に傷もない。まだ大丈夫、大丈夫よ。』
『え…………?』
『どうかしたの?』
『……………いいえ、なんでも。』




