一歩目 「会話が成り立たない!」
とある所に、小さなパン屋があった。
そのパン屋は、たった一人の少年が営んでいる。
その少年の名は………メイ。
メイは、自分の頭が狂ったのかと思った。
毎日朝パンの仕込みをするのだが…………何故か最近はメロンパンばかり作ってしまう。
他のパンを作ろうとしても、気づいたらメロンパンを作っているのだ。
売り上げが下がると父に酷く叱られるし、当の本人もこれに相当困っている。
ただでさえ王政が崩壊して生活が厳しいというのに。
「なんでメロンパンばかり作ってるんだ…………ここ最近人来ないし、こんな沢山のメロンパンが売れるわけない!」
彼がいつものように嘆いていた、その時。
一人の男が入ってきた。
外から見ても、メロンパンしか見えないこのパン屋に何か用だろうか。
それにしても、この客は不自然なくらい辺りをきょろきょろしている。
びくびくしているし、お面で顔も全然見えない。
正直かなり不審だ。
ヤバい人だったら通報しなければ。
メイはそう感じ、その客に声をかけてみる。
「あの………ご用件は?」
「えっ?!あ、あああああ…………あの…………」
「大丈夫ですか?」
「えっと………あ…………あぁ……………」
その客はメイと目すら合わせようとしない。
だが、先程声を聞いて…………メイは彼が誰か気づいた。
最近隣に越してきた靴屋である。
「あれ………よく見たらっていうか聞いたら、お隣の靴屋さんじゃないっスか!凄く良い声だからすぐ気づいたっスよ。」
「じ、実は……」
「メロンパンですか?それなら一個10ブランシュ………」
「な、なななな名前………………えっ?」
「…………いや、えっ?」
「あっ、単位………そっか単位……………………」
メイは困っている。
靴屋が喋らないせいで全然会話が続かないからだ。
メイはイラつき、紙とペンを差し出す。
「しゃ、喋れないなら書いてくださいッス!早くしてくださいよ……………もう!」
「…………………」
靴屋は、困惑しながらも字を書き始めた。
しばらくすると書き終えたのか、紙をメイに見せる。
【店のメロンパンを全部買いたいのだが、駄目だろうか?】
メイは、びっくりした。
こんな沢山のメロンパンにも需要があるなんて。
「パーティ用か。ならラッピング………」
「あ………………………ひ、ひと……………り………」
「鬱陶しいッスねぇ…………何か言いたいことがあるなら紙にお願いします。」
【それは僕一人で食べるから、ラッピングは不要だ】
「そっか、一人なんスね。……………って一人で全部?!?!」
【一人で食べたら駄目?】
「いや、食べきれるのかなって。」
【ざっと見たところ70個とちょっとしかないではないか】
「感覚狂ってるなこの人…………」
靴屋が意思疎通の手段を筆談にしたことで、先程より会話が弾んでいる。
目は一向に合わせてくれないものの、気まずい空気はもう一切ない。
メイは、メロンパンを一つずつ袋に詰めていく。
「はい、750ブランシュです。」
【支払いはカードで】
「あ、はい。」
靴屋はメロンパンを受け取ると、ゆっくりとぎこちなく歩いて外に出た。
目を合わせたくないなら走ればいいのに……
靴屋は、自分の店………家に帰ってきた。
扉を閉め、仮面をその辺に置くと、彼は突然はしゃぎ出す。
「聞いてくれヴィオローネ!!」
ヴィオローネ、と呼ばれた女性は振り返った。
彼女は、極度のコミュ障である靴屋がとても信頼している女性。
………………女性といっても、白っぽい木菟なのだが。
「やっとお母様やお兄様以外の人と会話出来たんだ!!人とだぞ?この僕が人と!」
「キュルキュル………?」
「ほ、本当だ、嘘ではない!隣のパン屋と会話をした。」
正直言うと会話と言えるレベルではない。
だが、靴屋にとっては大きな進歩だった。
彼は普段、動物と話している。
人以外……………動物となら会話できるし、動物が何を話しているかも分かるのだ。
しかし、この絵に描いたかのような紳士的な美青年も、コミュ障で仮面をつけていればただの陰キャに変わりない。
「キュル………キュイキュイッ!」
「そうだな、ディナーの時間だ。だがこの茨の国が崩壊してからというもの皆お金が無いようで…………買っても盗まれてしまうから買っては来れないし、ヴィオローネがそこらで外食をしていたら、毛皮を売られてしまう。通販でヒヨコを頼んだからそれで我慢してくれ。まったく、泥棒にも困ったものだ。」
「キュル。」
「すまないな、レディに遠慮させるなんて…………あ、そうだ。エリーゼはどこにいった?まだ戻っていないようだが。」
「…………キュイ。」
「そうか、心配か。お前たちは本当に仲がいいな。本来………梟は鼠を食べてしまうものなのに……」
「キュル!!!」
「あぁすまない。エリーゼは鼠ではなく、デグーだったな。やはりヴィオローネは細かい………」
「キュイィ……」
ヴィオローネは、不機嫌そうに靴屋を見た。
靴屋はそんな彼女を見もせず、買ってきたメロンパンを食べ始める。
夕食にメロンパン………なんて不健康な青年だろう。
メロンパンを食べながら、彼は今日のことを思い出す。
メイの履いていた靴が少し気になっていたのだ。
「あの靴…………すごく好みだった。靴のデザインに取り入れようか……………」
彼はとても品質が良い…………そして、少し不思議な靴を作る。
だがまともな売り込みが出来ない為、店には殆ど客が来ない。
来ても靴屋が目を合わせないので、気まずくなって出ていってしまうのだ。
「キュイ。」
「指名手配犯のチラシがどうかした?…………あぁ、この下の書類にサインをしなければなかなかったな。ありがとうヴィオローネ。」
「キュキュッ。」
「名前……………駄目だ、家名は偽名にしよう。」
「キュルキュ。」
「ヴィオローネは何がいいと思う?」
「キュイ!」
「え………それはちょっと…………」
「キュウウゥ…………」
「分かった、分かったってば。」
靴屋にとって、これが初めての依頼。
意を決して、書類にサインをする。
【氏名エピン・ローズ】
彼の名はエピン。
白い宝石のような目に、長い黒髪が目立つ美青年だ。
そして、この世で一番メロンパンを愛する者である。
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