無題「仮」
何故だ…何故こうなった…?
私は最強の筈であろう?
では…何故私は今、力の殆どを奪われ封印されかかっているのか…。
くそ…意識が遠のいてきた…。
果たして私は、この封印から出られるのだろうか?
出られたとして、その時の世界はどうなっているのだろうな……。
そう思いを馳せながらこの最強の者はそっと意識を閉じた。
ーーーーーーーーそして、月日は流れた。
ここは長閑な長閑な田舎町、ここに1人の少年が住んでいた。
「行ってきます。」
少年は、そう言って静かに家を出た。
少年は、仕事をしていたのだ。
少年がしている仕事とは、勇者見習いである。
この世界では様々な職種があり、その中には勇者も仕事になるのである。
だが、勇者になる為には幾つか条件がある。
その条件は、ある一つの条件を除けば大抵クリア出来るほど簡単なものなのである。
しかし、そのたった一つの条件の為に勇者を諦めざるを得なかった者達が大勢いるのである。
その条件とは、「15歳までに何らかの異能の類の才能を開花させ、心から信頼する者に認められること」である。
この世界はごく稀に個人差あるのだが、大抵15歳までには「異能」という力が開花する者がいる。
「異能」に恵まれる確率はとてつもなく低く例えば、一つの国があったとしてその国に100万人の子が住んでいるとして、「異能」に恵まれる子が現れるのは良くて1人
全く現れないという事例はもはや普通になっているのである。
開花する条件は様々であり、未だに謎が多く解明されていないことが多い。
開花した子については、どんな仕事からも引くてあまたであり将来は仕事には困らない生活が約束される。
少々説明が長くなってしまったのでここで本題に戻るとしよう。
この少年は、もうじきリミットとされる15歳を迎えようとしている。
未だに「異能」の開花には至っていない。
今日は休みのため、足りていなかった薬などを町に買いに来ていた。
そこへ同じ勇者見習いをやっている同僚がやって来た。
「よう、頑張ってるか?」
「頑張ってはいるよ、そっちは?」
「相変わらず素っ気ねぇなー、こっちはぼちぼちってとこだな。どうだ?開花しそうか?」
「……。」
「そっか…俺もだよ。お互い頑張ってんのにな。」
「頑張って開花してればこんなギリギリまで苦労してないよ…。」
「そりゃ……そうか。」
少年は平然と話しているように見えるが、内心凄く焦っていた。
小さい頃から同じ勇者見習いをやっていた同年代の周りの子たちは殆どが諦めて別の道へ進んで行ってしまい、この頃まで続けているのはこの少年と少年と話していた同僚だけになってしまった。
暫くの沈黙の後、同僚が切り出した。
「ちょっと…話があるんだけどさ…。」
「何?どうしたの?」
「まぁ…なんて言うかさ…。」
「何勿体ぶってんのさ。言ってごらんよ!僕ら昔から一緒に勇者見習いやってた仲でしょ?」
「実はさ…俺…この仕事辞める事になったんだわ。」
「…え?」
同僚の発言に少年は動揺が隠せなかった。
「俺の叔父さんの知り合いがさ、長く勇者見習いをやっていた根性を買ってくれてな…。保安官で給料も悪くないんだぜ。手当も良いんだ…。」
「ちょ…ちょっと待ってよ。急に変な冗談はやめてよ…!僕を驚かせる為の何かなんだよね!?そうなんだよね?」
同僚は何も答えない。
「そうだ。…譲渡…。そうだよ!その手があるじゃないか!!君は僕と違ってご両親の事もあるし、蓄えもあるし譲渡してもらえば何とかなるんじゃ…。」
少年が言う様に『異能』は譲渡が可能である。
実際に譲渡によって『異能』を持てた事例もいくつもある。
最近ではごく稀に、『異能』の強さや希少性などで額が変わるが、金銭での譲渡も行われている。
だが、譲渡には条件がある。
まず、譲渡された『異能』と譲渡された側の『体』の情報が一致しなければ、その『異能』が100%の力を発揮するのは難しい。
最悪の場合、譲渡が失敗してしまうと譲渡された『異能』が譲渡されずに消えてしまう事もある為、高額な金銭を積んでも無駄になるなど他にも色々リスクはある。
重く口を閉ざしていた同僚が、口を開いた。
「……もちろんそれも考えたさ…!でも譲渡は金だけじゃ無いのはお前も知ってるだろう?」
「仮に俺の『体』に合う『異能』を見つけて親に頼んで大金を積んで貰っても、もし無駄になったらと思うと…俺は…。」
「でもさ、まだ時間は有るし、可能性も完全に消えた訳じゃないしさ、根気強く探せば何とか……。」
そう言って改めて同僚の方を見ると、同僚は拳を握り締めながら大粒の涙を流し、再び口を開く。
「……限界…なんだよ…!」
「もう…届かない…叶わないという現実を…無視するのは……もう無理…なんだよ…!」
「頼む…分かってくれよ…!俺はもう…無理だ……。」
少年は、目の前で泣き崩れる同僚にかける言葉など見つからなかった。
自分も危険な立場だ、周りからは馬鹿にするような視線や、冷ややかな視線、家には求人募集の広告などが嫌がらせのように届く、周りから「良い加減現実を見ろよ」と言われているようだった。
同僚のその姿を見て少年の頬にも大粒の涙が伝っていた。
2人は泣いた。
今まで我慢していたであろう、その分が一気に溢れてきたのである。
そして、一通り泣き尽くした少年達は互に、気持ちを整理し涙を拭い一生懸命笑顔を作り、別れを告げた。
「俺は、ここでリタイアだ…。後は頼むぞ…!夢を諦めていった俺たちの分まで!」
「まぁ、僕も時間はあんま無いけど、最後まで足掻いてみせるさ!皆の分まで!」
そう言い2人は帰路についた。
家に着いた少年は夕食の準備をしながら考え事をしていた。
「あんな事言ってしまったが、どうしたもんかなぁ……。」
と、ふと思い出したことがあった。
ここから少々南にいった所に小さな洞窟があり、そこには大昔に最強の名を欲しいがままにした伝説の魔王が封印されており、その封印を解くとその魔王が力を与えてくれるという伝承である。
あくまで伝承なので信じる者は殆ど居なかった。
居たとしても、それを話したところで周囲からは笑われるだけであった。
それでもその洞窟を目指して生きて帰ったという話は聞いた事がなかった。
少年も初めて聞いた時は信じてなど居なかったが、最早少年には選択肢など無かった。
嘘か真かなどもうどうでも良かった。
微かな希望を信じて少年は決意した。
「よし、あの洞窟を目指そう!そうと決まったら夕飯を食べたら荷物を纏めて出発だ。」
そう言うと少年は大急ぎで夕飯を平らげ、準備に取り掛かった。
勿論1人で行くつもりだ。他の者に行ってもどうせ笑われるのが目に見えているからである。
そして準備が整い、両親の遺影に手を合わせ町を後にした。
少年が町を出てからおよそ1ヶ月が経とうとしていた。
少年はとうとうそれらしき洞窟を見付けた。
「もしかしてあの洞窟か?まあ良い入ってみれば分かることだ。」
そう言い、恐る恐る洞窟の中へ入っていった。
いざ入ってみると中は何処にでもあるような暗く、ジメジメしている至って普通の洞窟であった。
またハズレかと落胆しながらも一応最後まで探索することにした。
そうして、何もないままとうとう洞窟の最後まで来てしまった。
また何も無かった。
「ちくしょう…。やっぱり伝承はデタラメだったてことか……。」
と涙を滲ませ倒れ込んだ。
すると、倒れ込んだ頭の辺りが少し沈んだのが分かった。
そして、急に床が無くなり少年は地下深くへと落ちて行った。
「ぐへっ!!」
一体何処まで落ちたのか分からないが相当深くまで落ちてきたようだ。
幸いにも地面には蔦のようなものがびっしりと生えていたおかげで、それがクッションとなって助かったのである。
「ここは…。」
少年の目の前に広がっていたのはここが洞窟とは思えないような光景が広がっていた。
「凄い…!洞窟の筈なのに木が生い茂っている。一体どうなっているんだ?」
見たこともないような光景にただただ少年は愕然としていた。
そして、よく見ると何か祭壇のようなものが見えた。
「まさか…!?」
そう言うと少年は一目散にその祭壇目掛けて走った。
そして、その祭壇にはポツンと一個の玉が置いてあった。
少年は恐る恐るその玉を手に取って見た。
すると、その玉が突如として輝きだし、玉が割れ中から何か出て来た。
人の様であるが、何か違う気がした。
この世界には様々な人種が存在しており、殆どが本などで記録されている為見たことの無い人種などほぼ居ないはずなのである。
なのに、その人の様な者からは何か異様なものを感じた。
軽く2mを超える身長に、黒く長い髪に2対の角、その様な容姿とは裏腹に凛とした美しい顔立ちであり、女性的な体付きを見ると女性であると思われる。
歳は外見だけ見れば20代後半辺りが妥当であろうか。
言葉など通じるのかも不明であったが、少年は思い切って切り出した。
「あ…あの…あなたは?」
「…jkldrswbmw」
「????!?」
訳の分からない言葉を聞いて少年が困っていると、言葉が通じていないのを察した様で少年の方をじっと見つめ、語り出した。
「これで理解出来るか?」
「え…えぇーーー!!」
「その反応…やはり人の子だったか。道理で言葉が通じない訳だな。」
「と、とりあえずもう一度宜しいでしょうか?貴方は?」
「あぁ、私か?私は一応封印される前は魔王をやっていた、リュウランだ。」
その言葉を聞いた少年は全身に雷を打たれた様な衝撃が走った。
いや、それ以上かもしれない衝撃だった。
「りゅ、リュウランってあのリュウラン様ですか!?」
「あのとは何だ?封印されて何年経っているのか知らんが、そんなに有名になったの?私。」
「有名なんてもんじゃないですよ!!1000年前に数々の伝説を残し、突如として姿を消した決して群れる事の無かった孤高の魔王・リュウラン!!!まさか本当にお会いできるとは…。」
「そうか、そんなに有名になったか…ってちょっと待って、え?1000年?今お主1000年と言ったか?」
「え?は、はい。貴方は史実では1000年眠っていた事になってます。」
「な、何ーーーーーーー!!!ま、マジか?」
「はい。恐らく。」
「で、ではこの鬱蒼としたジャングルの中にポツンと建っているこのオンボロが私の宮殿…なの…?」
「多分ですが…。」
「な、何という事だ…。私の愛用ベッドも跡形も無い…。楽しみに取って置いた酒も無い…。はぁ…。」
酷く落ち込んでいる、情けないほどに。
この人が本当にあの伝説の魔王なのか?
いやいや、まだ何か凄い何かがあるはずだ。
「あのー、そんなに落ち込まないで下さい。他には何か無いのですか?例えば物凄い『異能』とか…。」
「そ、そうだ!私には『異能』があるではないか!ふふふ、驚くな?私には他の者を倒して得た
『異能』が多分150以上はあった筈!」
いや、そこは正確に覚えていましょうよというツッコミは、先程の酷く落ち込んだ姿からは想像出来ないほどに輝いて見えたのでやめておいた。
「さぁ、とくと見よ!!私の『異能』を!!!」
と威勢良く言ったものの何も起こらない。
その場に気まずい静寂が訪れる。
「あ、あのー…。」
「お、おかしいな。1000年も眠っていたから感覚が鈍っているのやもしれん。そ、そうに違いない!!
もう一度だ!!!」
そう言って5時間経過したが依然何も起こらない。
「な、何故だ?何故……。」
「あのぉ、ちょっと良いですか?」
「どうした?」
「もしかすると、封印の際に何かされて『異能』全部無くなっちゃったとか…。」
「………そうかぁ、そいうことかぁ。」
「え?」
「一応可能ではあるんだよ…。」
「僕はそんなの聞いた事がありませんが?」
「当たり前だ。正確には『異能』とは別なんだけどな。私のいた時代では闇の研究として秘密裏に研究がなされていたらしい。」
「一体何のためにでしょうか?」
「さぁな、一つ言えるのは、いつの時代もそういう輩はいるものだと言うことさ。」
「そんなもんですかねぇ。」
「なぁ、そんな事よりも私が封印されていた1000年の間に起きた事について話してはくれないだろうか?」
「良いですよ。ではお腹も減って来ましたし、ご飯でも食べながらお話ししましょう。」
そして、2人は宮殿跡地の周りにあった木の実などを取って来て、それを少年が手際良く調理し、食事にありついた。
そして、少年が語り出す。
「元々、この世界は3つに分かれていた事はご存知ですよね?」
「あぁ、主に人間や人間に限りなく近い種族が住む人界、主に悪魔など魔族と呼ばれる者が住む魔界、天使など神に仕える者の世界である天界でバランスを保っておった筈だな。」
「はい。その三界にはそれぞれ王が1人ずつ居ましたよね?」
「確か、当時の人界の王はザレンで、魔界は私で、天界はノーアだった筈だな。」
「そうです。其々の世界はほぼ互角であった為、もし戦争などしてもお互いにメリットなど無い様になって今のですが…。」
「成程。私が封印されてそのバランスが崩れたと…。ちょっと待て、仮に1つの世界の王がいなくなったとしても、次の王が正式に決まるまで暫くは代理が立てられバランスを保つ様に定められていた筈…。」
「僕たちに一般教養として伝えられている歴史は何故かそこで一旦空白となっているのです。そして何故か2人の王も消え、その3つの世界に王はおらず世界は1つに統一されています。」
「待て待て待て、消えたとはどういう意味だ?殺されたのか?いや、あり得ん。私ほどでは無かったが2人ともそれなりの実力があった筈…。」
「詳しいこと事までは恐らく誰も…。」
「む?誰もその空白については調べなかったのか?」
「調べなかったんじゃ無いんです。調べられないんです。今も尚。」
「何かあるのか?」
「資料など手掛かりが一切無いんです。それでも探そうとした考古学者はいたのですが…。」
「…消されたか。」
「はい。ある謎の集団に粛清され、見せしめとして公開処刑されてしまうのです。」
「その謎の集団とは?」
「この集団の詳細は皆知りません。何せ顔など全てを鎧で隠されており、どんな集団なのかも一切明かされていないのですから。」
「…成程な。」
「あの…すみません。」
「何だ?」
「今度は僕から質問してもよろしいですか?」
「あぁ、私ばかりですまない。私で答えられる事なら何でも良いぞ。」
「ありがとうございます。では1つは、貴方より前の魔王様は幾人もの配下を置いたと言われているのですが、リュウラン様は誰も側に置かなかったそうですが、何故なのでしょうか?」
リュウランは不思議そうな表情を浮かべながら答えた。
「側に置かなかったのでは無いんだ。誰も私の側に来なかったのだよなぁ。」
「それはどういうことですか?」
「私と戦った者達は皆誰もしもが私の側に置いてくれと懇願してきた。私はついて来いと意思表示した筈なのに何故か誰も来なかったんだよ。」
少年はその意思表示という表現の仕方に嫌な予感がした。
「ち、因みにどういう事をしたのですか?」
「どんなって、そんなの目と目を合わせれば十分じゃないか?」
嫌な予感は的中した。
「いやいやいやいや、え?それだけですか?」
「だって…他に思いつかなかったんだもん。」
少年は理解した。この魔王、孤高なんて大層な名前はついているが本当はただただのポンコツド天然魔王であるということを。
そして、なぜ誰も封印を解かなかったのかも理解できた。
解いてくれる仲間が誰も居なかったのである。
「言葉の1つくらいかけなかったのですか?」
「え?勝者が敗者にかける言葉など無くない?」
「はぁ….。」
「そういえば少年、私ももう1つ少年に質問したかったんだが。」
「?」
「少年は何故この私の封印解こうと思ったんだ?」
「それはですね……。」
少年はここに至るまでの経緯を話した。勇者見習いである事、もうすぐ15になるのに『異能』が開花しない事、伝承の事など全て話した。
全てを聞いたリュウランは静かに口を開き
「そうか…。ごめんな、今の私では力になれそうにも無いな…。封印を解いて貰ったことは本当に感謝しているんだが。」
「良いんですよ、謝らないで下さい。」
「……少年よ、君は何故そこまで勇者になりたいんだ?」
「僕には小さい頃まで両親がいまして、両親は考古学者でした。考古学者ならば必ず空白期間の謎に行き着きます。普通の考古学者なら命を惜しんで研究をやめるのですが…。」
「禁断に手を出したのか。」
「両親は結局見付かってしまい処刑されてしまったのですが、両親は最期に『後悔は無い』と僕に言い残していきましたが、僕は悔しい…んです…。僕に力さえあれば両親は守れた筈、力があればこの世界を変えられるかもしれないのに…。」
普段どんな事があっても人前では泣かない様にしていた少年の目には大粒の涙で溢れていた。
悔しいのだ。この世界に蹂躙されているという事実に、不平等な現実に。だが、この世界に対して少年はあまりにも無力だった。何の力も無い15歳間近の少年などに何が出来ようか?
リュウランは少年に声を掛けようとしたその時である。
近くに急に何かの気配を感じた。
何かが近づいてくる。何かは分からないが、1つ言えるのは明らかに敵意を持っている事であるということである。
その気配は勇者見習いである少年も感じていた。
「な、何か来る!しかもかなり強い…。」
「少年は逃げろ!」
「そ、そんな!今の貴方1人では…」
「つべこべ言うな!!!なぁに、このリュウランだぞ?秘策の1つや2つ無い訳が無いだろう。」
少年には分かっていた。
それが嘘であるということを。
そして、少年は1人逃げた。
リュウランはうっすら笑顔を浮かべ、それで良いのだと呟いた後、眼前に迫っていた敵意に立ち向かう決意を固め戦闘準備を整えた。
そして、敵がリュウランの前に現れた。
姿格好は少年の言っていた謎の集団に良く似ていた。
「…ほぅ、これはこれは。」
得体の知れない不気味な者がニタァと薄ら笑いを浮かべ近寄ってくる。
「…貴様、何者だ?」
「私でしょうか?…うーん、そうですねぇ…。」
「答えても良いのですがねぇ。私を倒してからにしてもらいましょうかねぇ。魔王リュウランさ・ま。」
「私を知っている…?魔族か!?」
「それはこの私を倒してから答えて差し上げましょう!」
そして敵とリュウランが構えた。
リュウランの事を魔王と知って襲ってきているのであれば十中八九『異能』の者であろう。
でなければ何の『異能』も持たないが襲って来たとしても唯の自殺行為に過ぎない。
だが敵はリュウランが今は何の『異能』も持ち合わせていないとは知らない筈である為、リュウランはどう『異能』を持っていない事をバレずにやり過ごすか考えに考えたが、当然無理な話である。
『異能』を持っていない事に加え、リュウランは封印から解かれて間もないので例え武術の心得があるとしても1000年ものブランクはいくらリュウランであっても厳しいものがある。
それに敵がリュウランを無力だとバレるのも時間の問題である。
そしてその頃少年はというと、逃げていた。全力で逃げていた。
リュウランが足止めしているおかげで敵は追ってこない。
少年は逃げながら泣いていた。
悔しいのだ、また逃げている無力な自分に腹が立ってしょうが無いのだ。
『馬鹿野郎…!!!何で逃げた!?無力だからか?違うだろ?本当は怖いんだろう?死ぬのが!またそうやって守らなければいけないものを見捨てるのか?また自分だけ助かるつもりなのか……?違うだろ!!!!』
少年は立ち止まった。
そして、リュウランの元へと戻った。
無力かもしれない、折角助けて貰ったのに命を捨てに行くだけかもしれない。だが、少年は走らずにはいられなかった。
そして、リュウランの元に着いた少年の目に飛び込んできたのは、余りに残酷な光景であった。
リュウランはなす術もなく、無惨に敗北していた。
もはや立っているのが奇跡な程ボロボロであった。
「やはり戦っていて薄々気付きましたが、貴方『異能』が使え無いのですねぇ。」
「ふふふ、あのリュウランともあろうものがこの様とは…些か残念ですよぉ」
「フッ、残念で…悪かったな…。」
「リュウラン様!!!!!」
リュウランの危機に咄嗟に体が勝手に動いた。
「何故……戻った…!?」
「もう…嫌なのです!!僕の前で人が死んでいくのは……嫌なのです…!」
「…少年。」
「あれれぇ、貴方は先程逃げた人間の子ではありませんか。」
「そうですか!この私に一緒に葬って欲しいからわざわざ戻ってきたのですね!良い心持ちですよ!!」
「お前なんかに!!」
少年は帯刀していた刀を怒りのままに降り下ろした、だが。
「ふふふ、貴方も見るからに『異能』がありませんねぇ。私、弱い者虐めは嫌いなんですけどねぇ。」
「少し現実をお見せしましょうかねぇ。」
そう言うと敵の者の手に炎の様なオーラを纏い始めた。
そしてその手を少年に向けて『ドン』と言うと、その炎が弾丸のように飛んできた。
少年は避けるのが精一杯だった。
「どうです?驚きましたか?私の『異能』【炎の弾丸】の威力は。なかなか良い反射神経をお持ちの様ですが、いつまで避けきる体力が持ちますかねぇ?もし当たりでもしたならば、火傷では済みませんよぅ。」
「む、無理だ、少年。お主も『異能』が無いのであれば、どれだけ不利か分かる筈だ…。」
リュウランの言う通りである。
だが、少年の眼は諦めてなどいなかった。寧ろその眼はこの敵は絶対に倒すという決意の眼であった。
その眼を見た敵は苛立っていた。
「まだ…そんな眼をするのですねぇ…。宜しい、ではその眼の光が無くなるまで痛めつけて上げましょう。」
敵は今まで片手しか使っていなかったが、本気で少年の心を折る為両手を使い戦う事にした。
「避けれるものならば避けてみなさい!」
敵の両手が赤く激しく光りだした。
そして、少年に向けて夥しい数の【炎の弾丸】が放たれた。
少年は避ける事を試みたが、数が多すぎて全て避けきる事が出来ない。
剣で防御を試みたが、敵の火力が高い為完全に防げるのはせいぜい後1発と言っていい。
だが、数が増した分片手の時よりも威力が低かったが、やはり数が多すぎる為とうとう【炎の弾丸】が少年
の右肩に被弾した。
「グァっ」
熱い、いや最早熱いといえるのかというぐらい経験したことのない痛みが襲ってきた。
少年が痛みで右肩を押さえていると、ニヤリといやらしく敵が笑っていた。
「どうです?痛いでしょう?熱いでしょう?右肩に被弾してしまってはもう剣を振る事など出来ませんねぇ。これで心が折れたでしょう?」
だが、それでも少年の心は、眼は、変わらなかった。
「もう…やめろ少年…!!死ぬぞ!!」
「はぁはぁ…ここで諦める訳にはいきません…。ここで諦めたら…僕は本当の意味で敗者になってしまいまたこいつの犠牲になる人が出てしまうかもしれません。ここで諦めてまた逃げ出してしまうくらいならば、僕は死を…選びます…!」
「はぁ…貴方…こそ何です?仮にも嘗て魔王だったのでしょう?勇者見習いの僕が戦って…いるのに、貴方ときたらもう勝ち目が無いと言う言い訳をし、降参ですか…?魔王とはその程度…ですか?」
リュウランは少年の言葉にハッとした。
そして、弱気になっていたリュウランの眼は少年と同じ絶対に負けないという決意の眼に変わっていた。
「フッ…、まさか勇者見習いの少年に私が奮い立たされようとはな…。」
「すまぬな、少年よ。おかげで目が覚めた!ここからは私も戦うぞ…!
そう言うと突如2人の体が輝き出した。
「こ、これは…!!!?」
「成程な…喜べ少年。私達に『異能』が開花したのだ!」
先述したが、『異能』の開花条件は未だに不明な事が多いが、1つだけ共通点があるのだ。
それは、その者が今迄生きていた中で無かったようなピンチに陥って、強くなりたい、誰かを守りたいなどを強い想いである。
この2人の場合、この絶望的な状況で尚、目の前の敵を倒したいと言う強い想いが『異能』を開花に至らせたのである。
敵は少し驚いたが、すぐに余裕な表情に戻った。
「今頃『異能』が開花したところで貴方達が不利という状況は変わりませんよ?」
だが、敵には分かっていた。
この2人は自分よりも強い『異能』に目覚めてしまったことを。
どんな『異能』かは分からないが、少なくとも気配だけで分かってしまった。
だが、負ける訳にはいかない。敵にもこれまで何度も『異能』と戦ってきたという矜持がある。
負けるかもしれない。だが、戦わずにはいられなかった。
敵も自分では何故だか分からなかった。1つ言えるのは、今迄戦ってきた中でこんな感情は初めてであった。
「…宜しい。そんなに殺してほしいならば、私の最大火力で葬ってあげましょう!!」
そう言うと敵の手に纏われていた炎が片手に集中し、今までとは比較にならない程の炎が敵の片手に集まっていた。
「来るぞ、少年!!!」
「はい、ですが何故か負ける気がしません!!!!」
「奇遇だな。私もだ!」
2人は一瞬お互いに目を合わせ、敵に視線を向け迎撃態勢に入った。
「これで終わりだ!!!!【炎の弾丸】!!!!!」
「此方も行くぞ!!!」
「はい!!」
「喰らうが良い!!生まれ変わった私の原初の『異能』【堕天の威光】を!!!」
リュウランの手が黒く輝きを放ち、それを敵の【炎の弾丸】にぶつけた。
両者撃ち合いになりほぼ互角に見えたが、若干リュウランの方が劣勢であった。
だが、もうリュウランは1人では無い。
「行け!!!少年!!」
少年は全身が輝いていた。まるで月の女神が彼を加護しているかのように、美しく輝いていた。
そして、その清く美しいオーラを左手に集中させ
「はぁぁ!!!喰らえ!!」
少年の『異能』に上乗せされ、威力を増したリュウランの【堕天の威光】の力は凄まじかった。
敵の者は確信してしまった。自身の敗北を。
だが、そこに怒り、憎しみなどでは無く其処にあったものはただただ純粋に悔しいという気持ちであった。
『私も…少々…慢心が過ぎた…ようですねぇ…。貴方…達はもっと…もっと…強くなれるでしょう。羨ましい限りです。私は先に逝きます。せいぜい…この世を…変えて…ご覧なさい…。健闘を…祈り…ます…。』
敵は、跡形も無く消え去ってしまった。
2人は力を使い果たしてしまい、その場で倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
ーー少年が目を覚ましたのは、あの戦いから5日後の朝であった。
少年が目覚めた時には、其処はあの洞窟では無く、何処かの小さな民家の様だった。
少年はまだ少し痛む体で起きあがろうとしてみたが、上手く力が入らなかった。
其処へ少年が目覚めたのに気づいたのか、リュウランが少年の元へ来た。
「目覚めたか?少年よ。」
「ここは…何処なんですか?」
リュウランは、ここに至るまでの経緯を少年に説明した。
リュウランは少年より3日程前に目覚めており、まだ目覚めない少年を担いで洞窟を出た。
そして、なんとかして自分と少年が休息ができる場所を探していたところ、魔獣の群に襲われている老人がいた。
リュウランも流石に見捨てれなかったのと、そこまで強くは無い魔獣だった為、適当に追い払ってその場を離れようとしたが、助けた老人に呼び止められた。
そして、その老人は助けてくれた礼に何か困った事は無いか?と言ってきたそうだ。
リュウランは、何処か身を休める場所はあるか?と尋ねた。
すると老人は、昔住んでいて今は使われていない旧家があると言い、そこなら自由に使って良いと案内してくれたらしい。
到着してみると、外見はまだまだ十分住める佇まいであり、中も多少草臥れてはいたが、少しの間の休息なら大丈夫な程であった為ここで休息を取らせて貰う事にし、老人に礼を言いに行った。
その時に、老人が少々の食料を持ってきてくれたそうで、食料には困る事は無かったらしい。
ついでに少年の怪我を見て、近くの町医者も呼んでくれたらしく、細かい治療が出来たという。
何から何までしてくれた老人には礼を言っても良い足りないが、少年が目覚めた後でまた礼を言いに行こうと思っていたらしい。
「そうですか…。そんな事が。」
「そのお爺さんには感謝しきれませんね。」
「あぁ…。」
そして、少しの間沈黙が訪れた後、少年が切り出した。
「この後なんですが…その…。」
「ん?どうした?何かあるのか?」
「リュウラン様はどうなさるおつもりですか?」
「何かと思えばそんな事か。」
「私はな少年。私はお主と一緒に勇者を目指そうかと思っているんだ。」
「え…えぇーーーーー!?」
「そう驚くな。傷口が開くぞ?」
「だ、だって。」
「まぁ、驚くのも無理は無いか…。」
「色々考えたのだが、こういうのはどうかと思ってな。」
「?」
「今現在、この世界には絶対的な王がいないだろ?それ故に、この世界は荒廃してしまっている状況にある。」
「そこで、私とお主がそれぞれ魔界の王と人界の王になり、この世界に再び平和を築けないかと思っているんだけどな。」
少年はまたビックリしてしまった。
「ぼ、ぼぼぼ…僕が…人界の王…に…ですか?」
「あぁ、私とお主が力を合わせれば大丈夫だと思っての相談だが…どうだ?」
「ほ、本当に…僕なんかが…なれるでしょうか?」
「何を言っているんだ?1人では無理だが、今は1人では無い!私には少年が居て、少年には私がいるだろう?なんとかなるさ!」
そう言い、リュウランは自信に満ち溢れた笑顔で少年を見つめた。
少年の不安はその笑顔でどうでも良くなっていた。
少年の心には、もう不安などは無く其処にあるのは只々、希望と勇気だけであった。
答えようと少年が口を開こうとすると、涙が溢れてきてしまった。
そして、少年は答えを出した。
「お、お願い…します!!」
「良く言った少年!」
「では、早速だが、私の名前をつけてくれないか?」
「え?名前…ですか?」
因みに補足として付け加えるが、この世界では勇者になると今の名を捨て、勇者としての名を新たに授かるという風習がある。
名を授け貰う相手に関しては心の底から認めてくれた者に授けて貰うというのも古くからの習わしである。
「大役感謝します!」
「あぁ、他にも理由はあるが、少年と対等の存在になる為と、ここから新たな私の始まりを意味している為でもあるしな。」
少年は少し悩んだ後
「リューカ…という名前は如何でしょうか?」
「リューカか…良いじゃ無いか!あと…ちょっと…いいか?」
リュウラン改めてリューカが何やら照れ臭そうに尋ねてきた。
少年はその理由に感付き
「やれやれ、しょうがない人ですね。僕の名を授けたいんですよね?」
「な、なんで分かった!?さ、さてはお前そういった力を…」
「持ってませんよ。流れや仕草でバレバレじゃないですか。」
「ば、バレバレ?本当に?」
「はい。」
「そんな事よりも名前くれるなら早くしてくださいよ。」
「そ、そんな事分かっとるわ!」
リューカは大分悩んでいた。
「そんなに悩むなら明日でも良いんですよ?」
「お主が今日思いついて今日授けたのなら、私も今日が良い!」
「全くもう…。」
少年は少し呆れた顔をしていたが、口元には隠しきれなかった笑顔の表情があった。
そして、悩みに悩んだ末に漸く思い付いたようである。
「良し!これだ!少年!!」
「やっとですか。もう夜ですよ?」
「すまん、すまん!やっと納得出来る名が浮かんだよ。」
少年は待ちくたびれた顔をしつつも内心は物凄くドキドキしていた。
「少年、今日から君の名はアレグだ。」
「…アレグ…!」
「どうだ?気に入ったか?」
「…はい。とても!!」
アレグはそれまで抑えていた喜びが爆発し、満面の笑顔になって答えた。
その表情を見てリューカも満面の笑顔で返し、その日は床に就いた。
そして、数日が経ち、リューカとアレグの身体が完全に癒えた後出発の準備を済ませ、世話になった老人に再度礼を言い、その旧家を後にした。
こうして2人の波瀾万丈な旅が幕を開けた。
果たして、この先2人にどんな試練や出会いが待っているのだろうか?
この2人の旅の行く末に幸運を祈るばかりである。
読んで頂きありがとうございました。
どうでしたか?楽しんでいただけましたでしょうか?
まだまだ拙い所は多々あると思いますが、よろしくお願いします!