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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2020

セカンドシーズン

 役目を終えた廃駅は、再び脚光を浴びようとしていた。


 梅雨が明けて、茹だるような暑さのなか、撮影クルーたちは、思い荷物を背負って県境某所の山中へ訪れていた。

「うわあ、風情がありますね」

「だろう?ここを探り当てたときは体に稲妻が走ったよ。ナギサちゃんの初主演にはうってつけじゃないか」

 黒いサングラスをかけた監督が、メガホン片手に上機嫌だ。

 ハンディタイプのカメラを携え、早くもクルーがメイキング動画を撮影している。

 駅を取り囲む森の緑は鮮やかで、くぬぎやブナの葉陰には小鳥たちの囀りがそこここから沸き立っている。

 線路は果てしなく真っ直ぐに伸びており、彼方には陽炎が揺らめく。

「こんなに長閑な場所でホラー映画なんて、不思議な気持ちだわ」

「ふふ、甘いよナギサちゃん。ここは町明かりが届かないから、夜はうんと暗いよ」

 サングラスの奥の瞳をギラつかせて監督は薄笑いを浮かべていた。


 晴天が続き、撮影はつつがなく進行していた。

「カアッッットオ!」

 監督に詰め寄られた俳優のセイヤさんは必死に頭を下げている。

「何度言わせたら気が済むんだ。セイヤ、君は呪われている設定だろう、もっと肩を落として。それにナギサちゃんも、そこは髪を振り乱して逃げないと」

 こだわりのシーンに差し掛かると、監督は語気を荒くする。次第にクルーや演者に疲れの色が滲んできた。

 夜になると、少し離れたトンネルで、ナギサがセイヤに殺される、映画のクライマックスを演じることになった。

 羽虫たちがクルーの照明に誘引されて、蒸し暑さも伴って、現場の緊張と苛立ちはピークに達していた。

「いや、やめて、お願い!」

「もう諦めるんだ、お前を殺してボクも死ぬんだあ」

「カアッッットオ、カットカットカットォオオオ!」

 一瞬にしてトンネルに沈黙が訪れる。

「監督、一体何が駄目なんですか」

 額に玉の汗をかくセイヤさんが途方に暮れていた。

 監督はしばらくすると組んでいた腕を外し、

「全然怖くないんだ、そうだなあ、鬼気迫る感じが足りないんだよ」

 その日は明け方まで撮影が続いたが、クライマックスのシーンだけは監督の了解が得られぬままだった。

 俯いてホームのベンチに座るセイヤさんの姿に、ナギサは思わず、

「セイヤさんの演技は凄いですよ。尊敬してます。芸能界に入る前は好きな俳優さんでした。それが共演できるなんて夢みたい」

「優しいんだね、ナギサちゃんは」

 笑顔を取り戻したセイヤさんを元気づけるために、相談にのってあげられれば幸いと、連絡先を交換することにした。

 監督と言い争っては落ち込むセイヤさんを励ますために、ほとんど毎日エールを送った。


 長い撮影期間に、ささやかな休日が挟まれた。行き詰まっていた全員が、束の間の安息日に羽を伸ばせる願ってもないチャンスだ。

「ナギサちゃん、向こうに綺麗な川があるんだ。一緒にどうだい」

 マネージャーとの打ち合わせを終えたナギサに声をかけてきたのは、さっきまで監督と熱心に話し込んでいたセイヤさんだった。

 断る理由はなかったナギサは、最近始めたブログの写真を、自然の景観で彩ることも兼ねて、誘いを受けた。

 二人は線路を横切り、林の奥にきらめく水面を目指した。

「気持ちいいところですね。川のせせらぎに心が洗われるわ」

「そうだろう。ここはとっておきさ」

「監督とは折り合いがつかないようですね」

「まあね。でもそんなことはもういいのさ」

 ふいにセイヤさんがナギサの手を握ってきた。そのまま首に手を回し、セイヤが顔を近づけてくる。

「いやっ」

 咄嗟に突き出した手がセイヤの頬に当たり、引っ掻いたような傷ができた。

 ナギサは元来た道を駆け戻った。駅に辿り着くまで、一度も振り返ることはなかった。

 汗だくのナギサを心配したマネージャーが、駅舎の日陰に連れていく。

「どうしたの、大丈夫?」

 ミネラルウォーターを渡され、一口飲むと幾分落ち着いた。

 ナギサは結局真実を語らなかった。気のせいだったと、思うことにした。


 ロケに残された時間も、とうとう最後の日を迎えた。朝早くからトンネルに集まって、撮影が始まった。

「あなたは呪われている、近づかないで」

 ナギサは涙を流して叫ぶ。暗がりから、血糊にまみれたセイヤさんがにじりよってくる。

 シナリオ通りに演技を続ける。

「これ以上は我慢できないよ!」

 頭をかきむしり、大声で吠えるセイヤさんの気迫に、監督はくわえていたタバコを落とした。

 逃げ惑うナギサの腕を掴んだセイヤの目は血走っている。引きちぎらんばかりの力にナギサは思わず悲鳴をあげた。

「いや、やめて、お願い!」

「もう諦めるんだ、お前を殺してボクも死ぬんだあ」

 セイヤの両手がナギサの細い首を包む。

 ナギサは地面に押し倒され、口から泡を吹いていた。

「カットオ!素晴らしい、なんて素晴らしいんだ、まるで本当に呪われているみたいだ」

 ようやくラストシーンが完成した瞬間だった。苦楽を共にした撮影陣やメイクさんたちから拍手が送られる。

 拍手が鳴り止んでからも、セイヤとナギサは地面にもつれたまま演技を続けていた。

「お、おい。セイヤ、もういいぞ」

 セイヤの肩に手を置いた監督は、振り向いた彼の顔に驚き、腰を抜かした。

 白目を剥いたセイヤが立ち上がる。

 ナギサはぐったりとして動かない。


 役目を終えた廃駅は、再び脚光を浴びることとなった。今をときめく二人の俳優の死によって(了)



事実は演技よりも奇なりけり

セイヤさん、勘違いしちゃ駄目だよセイヤさん


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