十
十
「おお……おお……なんと……」
死闘の後、有り合わせの手拭いやら着物の切れ端やらで刀治と鈴の傷口を塞いでいると、遅れて定助がお供を連れて現れた。そして斬り伏せられた新三郎を見て、後悔と悲哀に涙を流した。
「……新三郎殿は、あんたと澪さんが懇ろにしとったんを妬んで、澪さんを殺そうとしてました。最初は、奈津様からの刺客が来たと偽って密かに澪さんを外に出して。二度目は、まだ奈津様の許しは出とらんけど、こっそりあんたと会わせると嘘で誘い出して」
刀治は哀れな定助の背に、澪の話と今までの出来事を合わせて導いた結論を、淡々と投げかけた。「全てあんたのせいだ」と言ってやりたい気持ちを、ぐっと抑えて。
「……刀治殿と、鈴殿だったか。そなたらには、大恩が出来てしまったな」
沈痛な、消え入りそうなか細い声で、定助は礼を言った。
「後に、謝礼と治療費を兼ねて、金一封を包んで送ろう。……じゃから、今は、ここから立ち去ってくれぬか」
大儀の為とは言え、己の腹心を、強いてはかつて愛した者を殺した刀治に、定助は蟠りを感じずにはいられなかった。刀治と鈴もまたそれを察し、何も言わずに境内を後にした。
「……ほう言えばさぁ」
石段を並んで歩きながら、鈴がぽつりと刀治に尋ねた。
「なんで、あんなに新三郎はんに怒っとったん?」
「……なんや、藪から棒に」
淡々と、素っ気なく、刀治は尋ね返した。
「ほなってなぁ。あの最後の業? あれのあと、別に殺さんでも良かったよなぁって思うて……」
――確かに、鈴の言う通りであった。目を潰され、あれほどまで怯んでいるのであれば、刀治の技量であれば新三郎の腕を斬り落とすだけでも済ませられた。
それを鈴に見抜かれていることを、刀治もまた悟った。ため息を一つ吐いて、重々しく口を開いた。
「……理由は二つある。一つは、あんだけのことをしでかしたんじゃ。どの道、腹を斬らされて死ぬ」
「……二つ目は?」
「……お」
ぼそぼそと、歯切れ悪く、刀治の口がもごもご動く。
「お?」
興味津々と言った様子で、鈴が詰め寄る。
「……お前を傷つけられて……ちょっと……腹が立った……。ほんだけや……」
か細い声でそう言い切り、刀治は顔を背けた。だが、耳がほのかに赤くなるのだけは隠しきれなかった。
鈴は何も言わず、ただ満面の笑みを浮かべて、少し刀治に寄り添った。
「――あの!」
刀治と鈴が下山したところで、後ろから澪に呼ばれた。どうやら二人を追って、大急ぎで走ってきたようで、息も絶え絶えであった。
「……此度のことは、本当に、なんと言って良いのやら……」
感謝と、罪悪感で、澪は深々と頭を下げた。
「……ええんよ。危ないことに巻き込まれそうっちゅうんは、最初から覚悟しとったし」
からりと笑って、鈴は誤魔化してみせた。
「ほれに、あたしが斬られたおかげで、澪はんは助かったんやし、もっと喜んでぇな」
「しかし……」
「……澪さん。俺からも頼んます」
言葉を詰まらせる澪に、淡々と、刀治が頭を下げた。
「少なくとも、鈴はあんたの命の為に必死やった。ほんで、あんたは生き延びた。……ほのあんたがしょぼくれとったら、何の為に頑張っとったんか分かりゃしまへん。
……少なくとも、あんたは何も悪ぅないんやから、もっと素直に喜んでもええはずや」
刀治に頭を下げられ、澪は「これじゃああべこべじゃないですか」と苦笑した。
「……ありがとうございます。お二人のご恩に報いるため、一生懸命、幸せに生きます」
「ん。ほれでええんや」
澪の表情ににこやかさが少し戻った。それを見て、鈴も満足そうに微笑んだ。
そして――
「――あれ? 今、刀治さん、笑いませんでした?」
「えっ! 嘘ぉ!」
澪の一言に、大慌てで鈴が刀治の顔を覗き込むと――いつも通りの、仏頂面であった。
「あら。もう戻っていらっしゃる」
「あほぉ~! なんであたしに見せへんねん! あんたの笑顔とか一回しか見たことないんやけど!」
「いや、ほんなん言われても……」
「も~!」
新緑が生い茂る小山に、鈴の叫びがこだました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。楽しんでいただけたのであれば幸いです。
もし反響が多いようであれば、また刀治と鈴の物語を書きたいなぁとは思っています。




