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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

外典 上司×友達×お嬢様!? 百合のバレンタイン

作者: セレンUK

このお話は、『猫は異世界転生したことに気づいていない!?』 https://ncode.syosetu.com/n8149es/ の外典となります。


バレンタインデーSSの内容を決めるtwitterアンケートで

56% もちろん百合だよ!

24% 定番の主人公×ヒロイン

18% ベタは好きじゃないので主人公×サブキャラ

02% 私はこのカップリングが見たいからリプ欄に書くよ!

という結果を受けて、全身全霊で私の信じる百合を書き上げました。


百合というのは皆さまそれぞれの心の中にあります。

私の百合と皆様の百合が一致しない場合もありますが、百合使いの方はそれを許容できると聞いております。どうぞよしなに。

 私はエルエル。

 お屋敷でメイドをやってます。

 お屋敷というのはもちろん、このマフラスの街で一二を争う大貴族、エヴァード家のお屋敷です。

 お屋敷には私を含めて26人のメイドがおり、ご主人様、奥様、お嬢様にお仕えしています。


「ちょっと、エルエル。なに空と会話してるのよ。メイド長からの招集よ、急がないと!」


 急げ急げと私を急かすこの子はエッチ。私と同じメイド仲間です。

 エッチっておかしな名前だと思いませんか?

 そうです、彼女はHエッチというコードネームのメイドなのです。

 お屋敷のメイドは皆コードネームを与えられ、本名を名乗ることはありません。

 各言うわたしもLエルエルというコードネームなのです。


「エルエル、聞いてるの? ほら行くよ」


 エッチの手が私の手を掴みました。

 どうやら手を引いてくれるようです、っ!?

 痛い、痛い痛い、なんかすごい力込められてる!

 私、エッチを怒らせるようなことしたっけ?


「ちょ、わかった、わかったから、エッチ、ごめん。何を怒ってるのかしらないけど、ごめんなさい」


 とりあえず謝ってみましたが、私を引っ張る力はより強くなったのでした。


 ・

 ・

 ・

 ・


 すでに1階のエントランスには多くのメイド達が集まっています。

 私とエッチは滑り込むようにその中に入りました。

 どうやら私たちが最後のようです。みんなからの視線が痛い!


「エルエルとエッチで最後ですね。それでは手短に伝えます」


 そんな中をよく通る声が響き渡りました。

 声の主はヴォーグメイド長です。お屋敷の26人のメイドを束ねるメイド長です。

 規律に厳しく、私達新入りのメイドはよく叱られます。

 ですが、その切れ長の目と細くシャープな眉、スッと通った鼻筋に、小さめの唇というまるで彫刻の様なご尊顔。

 そして、ほとんどその表情を崩さない氷の様な微笑から氷の女王(エルエル命名)と呼ばれています。

 その微笑と尊いお口から紡ぎだされるしっ責の虜になるメイド達が後を絶たないようです。(エルエル調べ)


 かくいう私もこのお声が大好きなんです。

 毎日メイド長のご尊顔を拝見する事と、このお声を聞くためにメイドをしているといっても過言ではありません。


 痛っ!

 隣に並んでいるエッチのひじが私のわき腹に刺さりました。

 何事かと思い、すぐに彼女のほうを見ます。

 その唇が動き、ぼーっとするな、と言ったような気がします。

 どうやらメイド長のお声とお姿に心を奪われていたようです。

 いくつか内容を聞き逃したようですが、要約すると旦那様が上顧客の方をお屋敷にお連れすることが急に決まったようで、私たちはその対応に全力で当たる。ということのようです。


「すでに舞踏メイド達には屋敷の中及び敷地内の安全はもちろん、敷地外半径200メートルの敵性勢力の排除を命じています」


 なるほど、どおりで何人かいないのに私たちがジト目で見られたわけです。先に任務に当たっていたんですね。


 舞踏メイドというのは、我々メイドの中でも騎士級の戦闘能力を持ったメイドのことです。

 もちろんメイドとしての働きも抜群で、私たちは皆舞踏メイドになるために日夜厳しい訓練を受けているのです。


 それから瞬く間に仕事の分担が行われました。


 私とエッチが担当するのは応接室の模様替えです。

 お客様の好みに合わせて応接室に飾る調度品を交換する仕事です。

 応接室はいくつかあり、それぞれがコンセプトにあわせて飾られているのですが、今回のお客様は今すでに準備されているコンセプトに当てはまらないようです。

 時間もないので急いで模様替えをしないといけません。


「エルエル、お待ちなさい」


 はへっ、麗しのヴォーグメイド長に呼び止められました。

 遅れたことを怒られるのでしょうか。それとも大事な仕事に覇気が足りないと言われるのでしょうか。

 どちらにせよ、私にとってはご褒美なのですが。


 ヴォーグメイド長のお言葉を待つ私。

 ですが、言葉の代わりに、そのすらっとした手と、細くしなやかな指が私の頭に伸びて……。


「メイドキャップが曲がっています。これでよし。私たちはエヴァード家のメイド。いつでもどこでもそれを忘れないように」


 なんと私のメイドキャップを直してくれました!

 厳しいメイド長としては見逃せなかったのでしょう。

 しっかりお叱りも受けていますが、脳内でご褒美に変換されているので、まるで効果がありません。メイド長申し訳ございません。


「あなたたちは力作業となりますが、作業後に二人で服装確認を忘れないように。さあ行きなさい」


 なんて返事をしたのかよく覚えてないのですが、上ずった声をだしていたのは確かです。


 道中、エッチがよかったねと言ってくれました。


 私たちエヴァード家のメイドはお屋敷に住み込みで働いていて、部屋が与えられるという破格の待遇を受けています。

 下っ端なので相部屋なのですが、同じ頃メイドになったエッチと一緒の部屋で生活しています。

 なので、エッチは私がヴォーグメイド長をお慕いしているのを知っていて、いつも応援してくれるのです。

 

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 ・


 この時期、街中がにわかにあわただしくなるのです。

 数年前くらいでしょうか、他国の商業イベントであるバレンタインデーなるイベントがこの国でも大流行したのです。

 1年に1度、その日に意中の人にチョコレートを渡して告白するという一大イベントで、皆が皆、その日を前に浮き足立っているというわけです。

 もともとは女性が男性にチョコレートを贈るイベントらしいのですが、この国で大流行した際に、家族やお世話になっている人へチョコレートを贈るようにもなりました。もちろん女性から女性へ贈ることもあります。

 この国にイベントを持ち込む際に、この国の商人達が大もうけするために趣旨を変更したに違いなく、それはそれで癪なのですが、今の私にとってはとても都合がいいのでそこには目をつぶろうと思います。


 ・

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 バレンタインデーが翌日に迫ったお屋敷。

 私もヴォーグメイド長にお渡しするチョコレートを作成しようと、買い置きしておいた材料と共に厨房へ向かいます。

 言っておきますと、仕事中ではなくもちろん休憩中です。


 お屋敷の料理については私たちメイドが行います。

 専属の料理人が雇われているわけではありません。

 私たちメイドと言いましたが、もちろん料理の腕前も料理人クラスです。

 料理スキルといい舞踏メイドといい、エヴァード家のメイドがよそ様から特別に見られるのはその高いメイド技術によるものです。

 私もそれなりの料理の腕前です。


 話が逸れましたが、勝手知ったる厨房に到着すると、そこには先客がいました。いえ、居られました。

 

「あら、エルエル。丁度いいところに来たわね」


 先客はこのエヴァード家のお嬢様であるクリスティーナ様でした。

 振り向きざまにお綺麗な金色の長い髪がふわりと宙を舞いました。

 お嬢様は私より少し下のお年で、今は女学校で学んでいます。

 ですが、メイド長や先輩メイドの方からも個別指導を受けていらっしゃるので、学院にお行きになるのは半々くらいです。


 丁度いいところに、とおっしゃられた理由は、厨房の入り口に立った瞬間に分かりました。

 おたま、包丁、ヘラ、ボールに鍋。

 作業台の上には所狭しと調理器具が無造作に置かれている。つまり散らかっている。

 また、肉、魚、野菜、果物。

 大量の食材と見られるものも台の上に積み上げられており、作業台は混迷を極めています。

 そして、なぜだかわかりませんが、あちこちに散乱している茶色い物体。

 言わずもがな、チョコレートです。


 厨房の中にはお嬢様しか居られず、メイドの姿は見えません。

 想像するに、メイドがいない中勝手に、か、メイドに用意だけさせてご自身でこの惨状を作り出した、ということでしょう。


 さてさて、絶句している場合ではありません。この状況を何とかしなくては、私のチョコレート作りが始まりません。


「ラックは魚が好きだと思うわ。だって初めて会ったときに咥えてたもの」


 お嬢様が生の魚を1匹丸ごと、溶かしたチョコレートにぶち込みました。

 ……魚のチョコレート固めが完成してしまいました。


 どうやらラックさんに渡すためのチョコレートを作っているようです。

 ラックさんとは、お嬢様のご友人で、黒毛のもふもふ猫耳としっぽが素敵な獣人の男の子です。

 以前にお屋敷に来られた際にお着替え等を担当しました。

 あどけない表情がかわいい方で、お嬢様もそれにやられてしまったのでしょう。

 おっと、そんな不敬なことを考えてはいけません。

 きっとなんかふわっとしたピュアな理由で好意的なんでしょう。


「ありがとうエルエル。素敵なチョコレートができたわ。ラックは喜んでくれるかしら」


 完成したチョコレートを持って、お嬢様は厨房を後にされました。

 台の上には今にも飛び跳ねそうな姿をしたチョコレートまみれの魚が1匹置かれたままです。

 これをどう処理したらよいものやら……。


 お嬢様が去った後の大惨事をかたし、私は厨房に来た目的、メイド長へ贈る私の愛を目一杯込めたチョコレート、を作り始めるのであった。


 ・

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 バレンタインデー当日となりました。今日は決戦の日です。

 私だけではありません。マフラス中の女性の決戦の日に違いありません。

 ただ、メイドである私たちは毎日ローテーションで仕事を行っており、都合よくメイド長と私の休暇が重なるとは限りません。

 例にたがわず、今日はメイド長はお仕事です。


 私ですか?

 私はお休みですよ。


 そのため、私は朝からドキドキそわそわしているというわけです。

 なまじ時間があるぶん、お渡しする際のシミュレーションを脳内で何度も行い、そのたびに悶々としているわけです。


 メイド長はお忙しい方ですので、仕事の最中にお渡しするなどもってのほかです。そんなことをすると、自分で自分に引導を渡すようなものです。

 なので、休憩中を狙ってお渡ししようと目論んでいるのですが、中々その機会が訪れません。

 不審者のようにずっと後ろを付いて歩くわけにもいかず、休憩のタイミングを掴めないのも原因です。


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 メイド仲間から貴重な情報を得ました。

 メイド長が休憩に入ったようです。

 このチャンスを逃すわけには行きません!


 情報によると、どうやら庭で昼食を取られているらしいです。

 これはエッチといっしょに練り上げたプラン15が適用できそうです。

 ちなみに毎日夜遅くまで練り上げたプランは108あります。

 眠い中ずっと付き合ってくれたエッチには頭があがりません。


 丹精込めて、真心こめて、いろいろ込めて作った力作のチョコレートを持って、いざ行かん!


 おっと、おめかしも忘れてないですよ。

 メイド長のご趣味は分かりませんが、今日の私服は可愛い系でコーディネートしています。勝負リボンを身に着けて盤石の体制で挑みます。


 お屋敷の裏手から出て庭へと向かいます。

 屋敷と同じように庭も広いのですが、昼食を取るとなると場所は限られてきます。

 庭は美しい庭園として造られており、その眺めを楽しむためにテーブルと椅子が設置されています。

 本来であればご主人様やお客様だけが利用できるのですが、利用されない時は使用人も利用してよいことになっています。

 なので、メイド長はそこに居られるに違いありません。


 ほら、当たりです。

 テーブルに昼食を並べて優雅な一時をお楽しみ中のメイド長を発見しました。


 メイド長を発見したのは良いのですが、いざチョコレートを渡すとなると足がすくみます。


 私の気持ち、受け入れてもらえるのでしょうか……


 商人の陰謀により塗り替えられた、感謝の気持ちを表すというものではなく、もちろん、【お慕いしている】という気持ちです。


 普段から女だらけのメイドの中で生活していると、女性×女性は割と普通な気がしてくるのですが、よくよく考えると、一般の感覚では普通じゃないんですよね。


 ああ、なんで今頃そんな考えがこみ上げてくるのか。

 練り上げたプランの18が頭の中をよぎります。

 プラン18はメイド長に拒否されるプランで、そこからの挽回を目指すものなのですが、その先は行き詰って攻略方法は見出せませんでした……。


「ほら、これをお食べなさい」


「ちょうだいちょうだい」


 ん? お一人じゃないんでしょうか。

 誰かと会話する声が聞こえます。


 もしお一人じゃないとすれば、チョコレートを渡す難易度が格段に上がってしまいます。


 今、お屋敷の影に隠れて様子を窺っているのですが、ここからではメイド長の後ろ姿しか見えず、誰が一緒にいるのか分かりません。

 誰が一緒にいるかによってプランが異なりますので、茂みに紛れて近づきその姿を確認しなくてはなりません。


 重要なのはお屋敷と茂みまでの間。ここは姿が丸見えになってしまいます。

 私は気配を消して、お屋敷の建物と茂みとの間を駆け抜けます。


 ふぅっ、なんとか無事に茂みに隠れることが出来ました。

 けど、重要なことに気づいてしまいました。

 メイド長も舞踏メイドです。後ろを向いていたとしても私ごときの気配など手に取るようにつかめるはず……


 どうしよう、渡す前から好感度下げてしまうだなんて……


 もはやどのプランを適用していいかもわかりません。

 頭の中がぐるぐるしています。


「ほーら、おいしいかい?」


「おいしい!」


 あれ?

 おかしいですね?

 気づかれてないんでしょうか。何のアクションもありません。

 もしかして油断させて後ろから一突きする狙いなのでしょうか。


 こうなったら迷わず作戦を進めるしかありません。

 私は茂みの影からそーっと様子を伺います。


 あれは!!!!???


 白い円形のテーブルの上に布が敷かれ、ランチパックが置かれているのは想定内。

 声からどなたかが一緒にいるのも想定内でした。


 ですが、この光景は想定外でした。

 椅子に座るヴォーグメイド長。そしてその膝の上に乗って抱っこされている黒耳黒尻尾の少年。

 

 思考がついていきません。

 どうしてメイド長の膝の上にラックさんが?

 それにメイド長はそれを正すわけではなく、逆に両手でぎゅっと抱きしめています。


「ほらラック君、次はこれだよ、エビフライ。おいしいよ」


「はやくはやく」


「あーん」


「あーん」


 一体これはどういう光景なのでしょうか。

 あの氷の女王と呼ばれる所以のポーカーフェイスが、あんなにデレッデレになって、メイド達をしっ責するときの凛とした声も猫なで声になって。

 それでいて、おかずの一つ一つをラックさんの口に運んであげて、ラックさんがおいしそうに食べる様子を、でれんでれんの表情で眺めているのです。


 うらやましい!

 あの膝の上は私のものなのに!


――がさっ


 あ、しまった。興奮しすぎて物音を……


「何者です!」


 声と同時に耳元でひゅっという風を切るような音が聞こえ、直ぐ後ろの壁に何かが刺さる音がしました。

 ゆっくりと後ろを見てみると、壁にはエビフライの尻尾が突き刺さっています。


 メイド長に茂みに潜んでいる事を気づかれてしまったことを、その光景が私に刻み込んでくれました。

 すぐにでもこの場を離れないと、と頭では思うのですが、足が震えてまったく使い物になりません。

 腰もがくがくしているうちに、とうとうメイド長に見つかってしまいました。


「エルエル……。どうしてここに」


 いつもの氷の女王フェイスで私を見下ろすメイド長。

 そして、地面に足も付かずぶら下がるようにして抱っこされたままのラックさんが私を見ています。


「あわ、あわ、あわわわ……」


 弁解しようにも、あまりの恐怖に言葉が出てきません。


「…………」


 無言で私を睨みつけるメイド長。

 そしてあわあわ言っているだけの私。


「どうしたの? なんかすごいドクンドクンいってるよ?」


 無言に耐えきれなくなったのか、メイド長に抱かれたままのラックさんがメイド長の胸に顔をうずめ、そう言いました。


「っ!!」


 途端にメイド長の表情が崩れました。

 白い透き通るような肌が赤く染まっていくのがわかります。


「えっ、えるえるっ! いいですか、覗きは最低の行為ですよ。

 それも、こっ、恋人同士で過ごしているところを覗き見るなんて、最低です!

 立ち去りなさい。すぐに立ち去りなさい。

 そして忘れなさい。今ここでみた事を全て忘れなさい。

 いいですねっ!!!!」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 勢いよく捲し立てるメイド長の気迫に、私は四つん這いのまま、急いでその場を後にしました。

 不安定な態勢のまま気持ちだけが先につっぱしったので、体が着いてこず、途中ですっころんでチョコレートをぶちまけてしまいました。


 慌ててチョコレートを回収して、着の身着のままお屋敷の中へと逃げ帰りました。


 ・

 ・

 ・


 その後はどうやって自分の部屋に戻ったのか覚えていません。

 気づいたら部屋の前にいました。


 目に涙が溜まっているのがわかります。いったいどこから溜まっていたのでしょうか……。


 このまま案山子のようにぼーっと部屋の外に突っ立っていても仕方がありません。

 重い体をようやく動かすと、部屋の中に入りました。


「お帰り。どうだった? って……」


 部屋の中にはエッチがいました。

 私の姿と、手に持ったままのチョコレートを見て、そこで言葉を止めたようです。

 その心遣いが、より一層私の心を締め付けます。


 私は言葉を発することも出来ず、その場に立ち尽くしています。

 今どんな表情をしているのでしょうか。きっとくしゃくしゃでひどい表情をしているのでしょう。


「エルエル、お帰りなさい」


 立ち尽くす私にエッチが近づいてくると、両手を体の後ろに回しそっと抱きしめてくれました。

 ふわりと、いつものエッチの匂いが鼻をくすぐります。

 

「お帰りなさい」


 丁度私の顔の横にエッチの顔もあるため、耳元で声が聞こえます。

 やさしい、やさしい声。

 そして私の中で何かが切れてしまいました。


「ひぐっ……ひぐっ……うわぁぁぁぁぁん」


 私は胸の内に溜めたものを一気に吐き出すかのように大きな声で泣き出しました。

 目と、鼻と、口と。至る所から水が流れ落ちます。

 そんなことを気にすることなく、私は大泣きし続けました。

 

 よしよし、と背中と頭をなでてくれるエッチにすがるように、エッチの胸に顔をうずめ、泣き続けました。


 しばらく泣き続けたところで我に返ると、ゆっくりと顔を上げました。

 エッチの服にこれでもかと塗りたくられた液体が私の顔にもべったりとついています。

 我ながら酷い事をしてしまったと思い、エッチの表情をそっと伺います。

 ですが、エッチは嫌な顔をするどころか、私に微笑みかけてくれました。


 それから、私は庭で転倒した際に汚れてしまった服を、エルエルは私の涙や鼻水で汚れてしまった服を、それぞれ着替えました。


 ・

 ・


 着替えの済んだ私達は、部屋のベッドに腰かけています。

 お互いに向かい合ったまま、しばらく無言の時が過ぎました。

 エッチは私が話し始めるのを待ってくれているのでしょう。

 

 ですが、先ほど大泣きしたとはいえ、この気持ちが晴れたわけではないのです。

 簡単に【失恋】の痛みが消えるわけではありません。


 その気持ちを口にすることは容易ではないのですが、私はエッチの気遣いに応えるため、事のあらましを語り始めました……。


 どこまで話してよいのか悩みましたが、話始めると言葉がとめどなくあふれてきたので、すべてを語ることにしました。

 メイド長には忘れるように言われましたので、ここだけの話だよ、とエッチには伝えています。 


「そっか、頑張ったね、エルエル」


 一部始終を話し終えたところで、エッチは私の頑張りを褒めてくれました。

 ゆっくりと、そして優しい声で私を励ましてくれました。


 私の手の中には、その時渡しそびれたチョコレートがあります。

 いくつかの固形のチョコレートと、本命のチョコレートケーキ。


 袋からそれを取り出してみると、こけた際にぶちまけたチョコレートは砂だらけ、袋から出なかったものの、衝撃で形の崩れたチョコレートケーキ。

 砂まみれのチョコレートを袋に突っ込んだので、チョコレートケーキも砂まみれです。


 その惨状を目の当たりにすると、また悲しみがこみ上げてきました。


「こんなものっ!」


 もう見たくない!

 衝動的に袋ごと床に投げつけてしまいました。

 

「あ、ああ……」


 床に散乱したチョコレートと、チョコレートケーキであったものを見て、私は言葉に詰まりました。

 チョコレートに罪はありません。私が丹精込めて作り上げたそのチョコレート。

 それを自分から拒絶してしまった事が、一層私の心を締めあげました。


 エッチが無言で散乱したチョコレートの残骸を集めています。

 軽蔑したでしょうか。そうですよね、私なら軽蔑します。


 そんな思いが胸に渦巻き、その様子を眺めることしかできませんでした。


「エルエル、ほら」


 どういうことか、エッチは拾い上げたチョコレートの砂を払うと、自分の口に運びました。


「おいしい。エルエルの気持ちが詰まってるね」


「な、なにやってるのエッチ、だめよ、お腹こわしちゃう!」


「大丈夫だよ。それに、エルエルが一生懸命作ったチョコレート、食べてあげないとチョコレートが泣いちゃうよ?」


 続いて、もはや原型をとどめていないチョコレートケーキを食べようとしたエッチ。

 私はエッチの手からそれを奪い去ると、自分の口の中に放り込みました。


 砂がついてじゃりじゃりしてる。

 こんなものをエッチは食べてくれたのだ。私を慰めるために……。


 私は無意識のうちに残りのチョコレートケーキを口に運び、そのじゃりじゃり感を味わいました。


 味見だよ味見、と言いながらエッチもチョコレートケーキだったものを食べてくれました。


 そんなエッチの行動で、私の感情はまた高ぶってしまいました。

 メイド長に力いっぱい拒否されたことを思い出してしまったのです。


「ひっく、ひっく、ぞれでね、わたじは、めいどぢょうに……」


 またもやエッチに抱擁されています。

 うんうん、と頷きながら私の話を聞いてくれるエッチ。

 涙と鼻水があふれてきますが、それを丁寧に拭いてくれます。


「めいどぢょうが、がれじだって、いうの。らっぐざんのごと」


「うんうん」


「ずぎだっだのに、ぎらわれぢゃっだ。のぞぎみなんでしぢゃったからぎらわれぢゃった」


 たまらずエッチの太ももに顔をうずめます。

 そこでおいおいと泣き続けました。


「よしよし、エルエルは頑張ったよ。いいこいいこ」


 そんな私の頭を優しくなでてくれるエッチ。

 時たま指を櫛のようにして髪をすいてくれます。


「わたじ、ぞんなにみりょぐないがな?」


 がばっと、起き上がり、エッチの顔をじっと見つめます。

 もはや自分でも何を言っているのか分かりません。

 エッチの好意に甘えて絡んでいるだけでなのです。


 するとエッチは、両手でそっと私の頬を包み込みました。


「そんなこと無いよ。ほら、この綺麗な目、それに可愛い唇。それにこの桃色の髪。私は好きだよ」


 っ!

 エッチの顔がすぐ目の前にあります。

 私の目をしっかりと見て、私の事を褒めてくれました。

 私の目が綺麗だと、私の唇が可愛いと、この桃色の髪の毛、珍しくていじめられたこともある私の髪の色を好きだと、言ってくれた!


 涙で、エッチの顔がぼやけます。

 エッチの顔が、笑顔が、キラキラと光って見えます。


「私知ってるよ。エルエルがいつも頑張ってるのも。メイドのお仕事も頑張って、立派なメイドになろうとしてる姿もずっと見てるよ。頑張り屋さんなのも知ってる。夜遅くまで訓練の復習してるのも知ってるよ」


 私の事ずっと見ていてくれたんだ……。

 

 こつんと自分のおでこと私のおでこを当ててきたエッチ。

 静かに目を瞑っています。

 自分の気持ちを直に伝えるためなのかな。


 私もそれに倣って目を瞑りました。

 いつものエルエルの匂い。同じシャンプーを使っているはずなのに。

 もう一度確認するように、その香りを吸い込んでみる。

 いつもと同じはずのその匂いが、私の心を、心臓の鼓動をトクンと大きく揺さぶりました。

  

 どうして今まで気が付かなかったんだろう。

 こんなに近くに私の事を好きだと思ってくれている人がいたことに。


「ねっ、ほら、エルエルはいいとこだらけだよ、だからね、そんなに気を落とさないで、メイド長も気が動転してただけだよ」


 額のふれあいが終わり、再びエッチが私を慰めてくれます。


 メイド長、メイド長、んーん、メイド長はもうどうでもいい。

 どうでもいいの!


「きゃっ!」


 エッチが素っ頓狂な声を上げました。

 なぜかというと、私はそのままエッチに体重をかけてベッドに押し倒したのです。


「えっ? あっ?」


 そして倒れこんだエッチの上に馬乗りになると、エッチの両手をがっちりと押さえ込み、逃げられないようにしました。


 状況がつかめていないエッチは、あっさりと私の思惑通りの体勢に固定されてしまいました。


「え、えるえる? ねえ、どうしたの?」


 恐る恐るという感じで私に問いかけてくるエッチ。

 わずかに震えるその唇が私の目を奪います。


「ねえ、えるえる、痛いよ、手を放して、ね?」


 無言で見下ろす私の意図が分からないのか、そこからの脱出をはかろうとするエッチ。

 でももう逃がさないから。


「私気づいたの」


「気づいた? ど、どういうこと?」


「私、エッチの事好き。好きだったの!」


「えっ、えええええ!?」


 もう迷わない。直球よ。欲しいものは手に入れる。

 エッチは私のもの。


「ま、まって、落ち着いてエルエル。ちょっと気が動転してるだけよ、ほら、ね」


「そんなこと無い。私エッチのこと好き。エッチも私の事好きだって言ってくれた」


「ちょ、ちょっとまって、好きだなんて言ってないよ」


「言った。私の目も、唇も、髪の毛も、胸も好きだって言った」


「えええ、さっき似たようなことは言ったけど、胸の話はしてないよ。それに、それはその、あれであって……」


「つまりは両想い。だから愛し合うの。いいでしょ?」


「いいでしょって、えええ、愛し合うって、あの、その、ちょっとまって、私は好きな人がいるし」


「好きな人? エースさんの事ね。エースさんも女、私も女。つまり私を好きってことね」


「えええ、何その謎理論。待って待って」


「待たない。エッチが悪いんだよ。私の心の隙間にするっと入ってきて、そのまま心を奪ったの」


 問答無用。もはや実力行使するのみ。

 エッチの唇は私がもらう。エースさんには渡さない。

 

「ちょ、あの、まって、なんで顔を近づけてくるのかなーって」


 表情が少し引きつっている。

 どうやら私の狙いが伝わったみたいだ。


「ほ、本気? こ、この子本気だ。

 ……っ! エルエル、こんなに力が強かったっけ!?」


 マウントポジションを取られ、両手も封じられたエッチは顔を左右に動かすことしかできない。

 迫る私の顔をかわす方法はそれしか無いね。


「ま、まってえるえる。ね、順序ってものが、好き同士でも順序ってものがあるでしょ。いきなりそれは、ね、早すぎるよ。まずはお互いの事をもっとしらなきゃ、ね?」


 もぞもぞと体を動かすエッチ。

 いうなれば、籠の中の鳥、まな板の上の鯉。

 そうよエッチ、あなたは今から私のものになるのよ。

 もう二度と他の女の事なんか考えられないくらい、ずぶずぶにしてあげるの。


 まずはその唇から。そしてその次は、その次は!!


 ?????


 あ、あれ、力が、入らないよ?

 もう少しなのに。どうしたの?


「えるえる?」


 急に体に力が入らなくなった私はそのままエッチの上に突っ伏した。

 なんだか、頭もぐらんぐらんする。


「まさか、お酒? チョコレートの中に入ってたお酒なの?」


 うぐぐ、もう少し、もう少しでエッチを私のものに出来るのに……

 私の意識はこの辺で途切れている。


 危なかった。もう少しでエルエルに躰まで許してしまうところだった。とエッチが呟いたような気がしたが、定かではない。


 ・

 ・

 ・

 ・


 ん?

 もう朝?


 衣擦れの音がします。どうやらその音で目が覚めた様ですね。


 んんー、と背伸びをする。よく寝た気がします。

 昨日いろいろあった気がするけど、よく思い出せません。


 音の主はエッチ。

 どうやらエッチが朝の身支度をしているようです。


「エッチ、おはよう」


「お、おはよう……」


 返事の歯切れが悪いです。

 いつもなら、おはようエルエル今日もいい朝ね、きゃは、ぐらいまで言ってくれるはずなのに。

 いや、ちょっと話を盛りすぎましたが。何かいつもと違います。


 不思議に思い、エッチの様子を見ていると、なにやら顔を赤らめてぷいっとそっぽ向かれてしまった。


 そりゃ確かに昨日はチョコレート渡せなかった事件で迷惑をかけましたが、私を避けるのはひどくないですか?


「ねえ、エッチ、どうしたの?」


「どうしたのって、エルエル、なんとも思わないの?」


「なんともって?」


「その、昨日の事」


「昨日の事? ああ、鼻水いっぱい塗りたくったことね。それは悪かったって思ってるよ。だからね、機嫌直して?」


「えっ、もしかして覚えてないの?」


「覚えてないって? 何のこと?」


「っ!!!!、ばかっ!!!」


「わぷっ」


 エッチからバスタオルが飛んできました。


 何があったのか知らないけど、その後しっかり謝っておきました。

 でも何に謝っているか分かってない私に、一層へそを曲げてしまったエッチの機嫌を取り戻すために、その後3日を要したのでした。

いかがでしたでしょうか。

皆さまの中にある百合と一致していたら幸いです。


一致していたよ、一致してなかったけどこういう百合もいいね、百合は正義、というお方々は是非ブクマ評価をお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  一線を越える寸前のシチュエーションがすごくいいと思いました! [一言]  素敵な作品をありがとうござます!  百合をもっとみたいです!
2019/02/14 18:39 退会済み
管理
[良い点] ちょっと暴走気味なエルエルちゃんが可愛いですね! 友人のエッチに協力してもらい、厳しいメイド長・ヴォーグさんに想いを伝えるために奮闘するも……と、オーソドックスですが鉄板なストーリーが良い…
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