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8.後悔

 『ヒュドラ族』。

 彼らの特徴は充血したような赤黒い眼に褐色の肌と自らの魔力を傷の回復に使うことが出来る能力を持つ。

 その回復力と高い毒物耐性を持つ皮膚は危険地帯に居を構えることが出来、故郷となる場所には他の種族は近づきにくいと言われている種族だった。

 彼らの赤黒い眼で見るモノは戦場と敵だけとも言われ、高い回復力を活かし、戦いでは無類のタフネスを持つ、屈指の“戦闘一族”の一つにも数えられている。

 彼らは幼少の頃から戦い方を学び、戦いの中で死んでいく。安らかに老衰するなど恥だと言われるほどにその考えは突き抜けていた。

 そんな『ヒュドラ族』に生を受けたケルファトだったが、彼は少しだけ皆と考えが違っていた。

 戦う事が『ヒュドラ族』の存在意義。

 生きていく上で戦う事が本当に必要なのか。戦うしか生きる意味はないのか。

 ほんの少しだけケルファトに芽生えた考えは、やがて大きな思想の違いになっていった。


 そんな考えを持っていたことで窮屈な思いをし、嫌気がさしたケルファトは元服前に里を飛び出した。

 少ない路銀で森の獣などを仕留めて食いつなぎ、一つの村にたどり着いた。

 そこでは『ヒュドラ族』という事で頼りにされ、悪くない待遇で村に迎え入れられた。

 戦う以外にやれることは沢山あった。無論、全く戦う事がないわけではなかったが、里で教わっていた過剰な戦闘思想などなく獣を狩る程度。ケルファトはのんびりした雰囲気が自分に合っていると思い、その村で暮らしていく事を決める。

 里では修行の途中で抜け出したが、それでも十分なほどに周りのレベルは低い。そして、調子の良い性格をしていた彼は大して訓練もしていないにも関わらず、自らを大きく見せる“嘘”をついた。

 故郷の里は危険地帯で危険な魔物と小さい頃から戦い続けていた。魔法を使う魔物も倒したことがある、など、『ヒュドラ族』でも聞かされていた英雄譚を自分の事の様に語ったのだ。

 称賛や、憧れの眼を向けられることに酔いしれる。そして、村に来て数か月経った頃、村に魔物が向かっているという情報が入った。

 周囲の村を潰しながら向かってくる魔物にケルファトの『ヒュドラ族』の血が最大級の危険信号を発する。そして、村人たちに避難を促すが、村人はケルファトに討伐を願い出た。

 ケルファトは戦いに赴く。村を潰すほどの魔物だとは聞いているが、どうせ噂が助長されただけだと良い方へ転ぶことを願いながら戦いに臨んだ。

 しかし、対面したソレは魔物という存在に当てはめるには、あまりにも混沌とし、全てを喰らいつくさん存在だった。


 その魔物は、後に【闇の魔獣】と言われ、何人もの討伐者を返討ちにし、英雄の一人である【剣聖】が討伐するまで被害を出し続けた“闇の眷属(ダークサイド)”として『女神教会』に記録される災害となる。


 当時、相対したケルファトは、【闇の魔獣】を見て瞬時にその脅威を悟り、戦う直前で逃げ出した。アレに勝てる存在など片田舎には存在しない。それこそ、『英雄』クラスの戦士でなければ無理だと。

 ケルファトは逃げだすことを最低だとは思っていた。村は守れないけど、村人が生きていれば何とでもなると思っていた。全てが終わった後で適当な事を言って帰ればいい。その時はそう、思っていた。

 村は村人もろとも【闇の魔獣】に滅ぼされていた。

 【闇の魔獣】が狙うのは、より多くのヒトが集まる場所だと知ったのはこの時である。ケルファトが倒してくれると信じた村人たちは、皆が死体で人とは思えない最期を迎えていた。

 なぜ、『ヒュドラ族』の里長が戦う事を教えていたのか、彼は、ようやく理解した。

 『ヒュドラ族』という存在自体は、強者として世間では認識されている。

 至極単純なことだ。戦いに頼られる。頼られれば弱くはいられない。弱ければ全てを失う。だから強くならなければならない。

 それを怠り、偽り、ケルファトは“嘘”をついた。そして、その“嘘”を信じた村人たちは皆死んだ。


 彼らは何も悪くない。悪いのは俺だ。なのに……なんで――


 ケルファトは村人達をヒトとして埋葬しながらこの出来事を忘れない事を決め、そして自らを鍛えることを決めた。

 里には帰りたくなかった。自分が選択した道だ。一人で強くなると決めた。

 戦って、戦って、戦って、ボロボロになって……彼は今まで遅れていたモノを取り戻すように、魔法の適正である『土』を発現させ、更にソレを鍛えた。

 そして、彼はソニアと出会う。



 ケルファトは久しぶりに他の者達と組んで仕事に出た。組んだ者達は、『深緑の森』に入った仲間の捜索に人手と腕の立つ者が必要だと言って声をかけてきたのだ。

 今まで一人で戦う事に固執していたが、捜索程度なら協力しても良いかと、了承して彼らと共に『深緑の森』へ入る。

 捜索を初めて半日ほどで、森の奥――ソレイユ運河の方向から一人の男が逃げるように現れた。

 その時、ケルファトは気づかなかった。その男が組んだ者達の仲間であり、ソニアを攫って『長耳族』の追撃から逃げてきたのだと。

 そんな事情があったとは知らず、ケルファトは追撃し来た『長耳族』と相対。組んでいた者達と共に応戦し、そのままリーダー格の男に傷を負わせると『長耳族』は退却して行った。

 組んでいた者達はケルファトに感謝する。ケルファトはその時、気を失っているソニアに気づいていたが、連れてきた男は、


“『長耳族』は彼女が外に出るのを反対したが、彼女自身が外の世界を知りたいと言ったから連れてきた”


 と言い、『長耳族』は他には閉鎖的な種族だとも小耳にはさんでいたので、追撃するほどに連れ戻そうとしていたことに対して特に疑問に思わなかった。その後、報酬を受け取って依頼は終わり彼らと別れた。

 それが“嘘”だと知ったのは、その日の夜に何気なく寄った『コロシアム』で、ソニアが商品として見世物になっていたからだった。

 ケルファトは組んでいた者達に詰め寄り、全てを聞き出した。

 神出鬼没の奴隷商『ノーフェイス』と偽ってソニアを売ったこと。追撃に来ていた『長耳族』は彼女を取り戻そうとしていたこと。


 そして、男は言う。知らなかったとは言え、手を貸したケルファトも『女神教会』に罰せられる。だから黙っていろ、と――


 特殊な能力を持つ奴隷。ケルファトは里に居た頃、里長から裏で売られる奴隷は貴族にとってすれば、ただの娯楽の道具で消耗品であると聞かされていた。

 『コロシアム』は貴族に媚びを売っている。彼女が貴族に売られるのは時間の問題だと悟った。

 自分では力尽くでは助け出すことは出来ないと解っていた。なら……『コロシアム』も簡単に彼女を売れない状況を作り、その間に取り戻せば良い。

 ケルファトは闘技者として、『コロシアム』で戦うことを選んだ。

 運営が出したソニアの見受け金額は金貨1000枚。普段なら生涯働いても凡夫には手の届かない金額。それでも、ケルファトは自分のせいで誰かを不幸にさせないと、【闇の獣】の件で心に決めていた。

 奴隷や汚職には目を光らせている『女神教会』を頼る手も考えたが、『コロシアム』も反応は早い。下手をすれば、ソニアは即座に売られてしまうか、手の届かない場所に移動されてしまうだろう。

 それだけは避けなければならない。その為には手段を選ばなかった。


 十連勝する事を約束し、運営から金貨50枚を借り受けた。負ければ生涯奴隷として運営の下に就くという契約書も記載する。

 金貨50枚は無名とは言え『ヒュドラ族』という種族である事から譲歩できる最高金額。ケルファトは、戦う際に自分の勝利に全額を賭け続けた。

 対戦相手によって倍率は変動するが、それでも連日、全額賭けないと十連勝までに金貨1000枚に届かない。

 より強い奴と試合を組むように運営に告げ、運営としては“十連勝を目指す闘技者”というフレーズで客を収集する。

 ソニアは自分が買い取ると『コロシアム』に告げ、十連勝を目指す。


「なぜ……私の為に戦ってくれるんですか?」


 運営の計らいか、何度かソニアとは話す機会があった。それでも直接顔を見たりすることは禁じられて、扉越しのモノだったが。


「俺が勝手に決めたんだ。だから、これはただの自己満足。お前が気に病む事じゃねぇよ」


 隠し事はあるが“嘘”は言っていない……と、屁理屈で自分を納得せる。今回の件で“嘘”になるとすればソニアを救えない事のただ一つだ。

 そして、十連勝間近の九戦目。ケルファトはアレックスと対峙する――






 三角絞め。アレックスが今、ケルファトにかけている技の名前である。

 相手の腕を取り、足を使って首を絞める。単純ながら決まれば返すことは難しい。

 加えて、この世界(アーク)では武器や魔法による戦闘技術が発展していることも絞め技に関する警戒心が薄くする要因だった。

 対人戦でも拳で殴るよりも武器の方がダメージは望める。武器が通らない場合には魔法を使う。

 故に、絞め技は既に廃れた技術であり、その返し技も比例する形で無くなって行ったのである。


「ぐ……おお……」


 ケルファトは意識を保つ事しか出来ない。絞め技の選んだアレックスの懸念は、異世界人の身体の構造から、絞め技が有効になるかという事だった。

 しかし、現状を見る限りは有効に働いていると見て取れる。そして、三角締めが完璧に極まっているこの状況は知識があっても脱出は不可能なのだ。


「ぐ……がぁぁ」


 ケルファトの苦悶の声だけが響く。アレックスは彼が堕ちるまで、決して拘束は緩めない。


「負け……られねぇ……」


 もはや敗北は時間の問題にも関わらず、ケルファトはまだ諦めていない。凄まじいまでの勝利への執念にアレックスも一切油断しなかった。

 その執念が奇跡を起こしたのか、三角締めが決まり、意識喪失まで約7秒の4秒を過ぎた時、ソレは起こった。

 折った片腕が持ち上がり始めたのである。


「!」


 俺はもう……勝てないからと言い訳して“嘘”にはしたくねぇ!


 その思いに応えたのはケルファトの中に流れる『ヒュドラ族』の血だった。

 己限定とはいえ、魔力を自らの傷の回復にあてることが出来る。その能力は突き詰めれば、寿命そのものを魔力で伸ばすことも出来ほどだ。

 そして、その逆も可能なのだ。

 寿命を削り、魔力を生み出す。その魔力で折られた腕を高速で回復させることは不可能ではなかったのだ。

 土甲は崩れ落ちているが、一瞬でも拘束が緩まれば脱出は可能である。


「勝つのは……俺だ――」


 ケルファトの拳がアレックスに振り下ろされた。


「――――」


 拳はアレックスの顔に当たる。だが、それに威力は乗っておらず、ただ力なく下ろされただけだった。ケルファトは完全に意識を失っていた。


『そこまで!』


 レフェリーはケルファトが気を失っていることを確認すると試合を止める。


『なんと……なんと! 大番狂わせが起こったぁぁ!! 勝利したのは、首枷の奴隷! アレックスゥゥ!!』


 勝者の名前が高らかに戦いの場に響いた。






 その勝利を信じられない者たちは多々いる。

 だが、『コロシアム』ではこのような大番狂わせが起こることもあるのだ。不満はありながらも大半の客が、それなりに納得するのだが、


「……どうやら『人間』の勝ちのようだな」


 ビクターは隣に座るレジトリスへ告げる。するとレジトリスは無言で立ち上がり、その場を去っていった。

 『女神の契約書』にはレジトリスの名前が浮き出ており、金貨500枚を払う旨を証明されていた。






 コルテは酒瓶を思いっきり投げて叩き割っていた。


「負けおって、ケルファトの奴が!! おかげで大損だ!!」


 莫大な損失をしてしまう事を全てケルファトの所為であるとコルテは怒りに思考が支配されていた。


「クソ、クソッ! クソッ!!」


 机をひっくり返し、収まらない怒りで書類をぶちまける。するとそこへ、従業員が入ってきた。


「運営長!」

「なんだ!?」


 八つ当たりするように声を荒げる。普段なら怒りが収まるまでは、コルテには関わらないようにするのが一番なのだが、それどころでない事態が発生している。


「ノーフェイス殿が換金を求めています!」

「く……」


 非常にまずい。ノーフェイス(ビクター)が賭けていた金額は金貨500枚。アレックスの倍率は5倍。つまり金貨25000枚を払い戻さなければならないのだ。

 裏で蓄えた金額だけでは到底足りない。表の営業分も回さなくては――


「クソ……こうなったら――」


 ノーフェイス(ビクター)を殺すしかない。そうすれば全てが丸く収まる。この賭けもなかった事になる。


「運営長!!」


 別の従業員が声を上げて入ってくる。


「大変です! レジトリス様がお見えになって――」

「失礼するよ」


 有無を言わさずに入ってきたレジトリスに、コルテと従業員たちは驚きの表情で硬直する。彼は他国の貴族であるが、この『コロシアム』に一番出資している。【森の鼓動】の取引は明日に対面するハズなのだが――


「レ、レジトリス様……」

「荒れているようだね、コルテ君」


 散らかった部屋の様子を見てもレジトリスはいつもと変わらない表情だった。だが、それが逆に恐ろしく感じる。


「色々と慌ただしい様子だけど、少し出直そうか?」

「い、いえ。何も問題はありません」


 愛想笑いを浮かべながら対応するコルテにレジトリスは首をかしげる。


「いやいや、問題はあるだろう? ボクが『コロシアム』に居て、知らない情報があると思っているのかい?」


 コルテは青い顔をする。全ては筒抜けなのだ。


「運営に関しては特に意見するつもりはないよ。ボクはあくまで出資者だからね。だから良い話を持ってきたんだ」

「な、なんでしょうか」

「ケルファトの十連勝。アレは今日で終わりだろう? さっき負けたしね。だが、それじゃ『コロシアム』が甚大な被害を受ける」


 その点に関してもレジトリスは把握している。この『コロシアム』の裏の営業で生み出される金の一部はレジトリスの懐にも入ってくるのだ。

 今は彼にとってしてもそう言った損失は避けたい時期であり、金貨を25000枚も大損しては少なからず問題が出る。


「だから、君が望むのならボクが『ハートレス』を貸そう」

「……え?」


 レジトリスの言葉にコルテは逆に言葉を失い、従業員たちは『ハートレス』という言葉に時間が止まったように硬直する。


「い、居るのですか? あの男が……今『コロシアム』に!?」






「これは面白いことになりましたね」


 ネスは観客席から戦いが終わり、再び手枷に拘束されたアレックスを見て呟いた。

 見たところ、ケルファトに落ち度は何もなかった。多少、魔力を温存することを意識していたとはいえ、油断は一切なく戦っていた。

 魔法を使えないアレックスにとって状況は一方的に不利だった。それでも、“彼女に渡されたモノ”ではなく、自分の持てる限りの能力を駆使して、僅かに存在する勝利を手繰り寄せたのだ。


「次で観れるでしょうか」


 あの守銭奴のコルテがこのままあっさり引き下がるハズがない。何らかの手段を選んでくるだろう。

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