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4.質問

 朝日に照らされ始めた早朝の『深緑の森』は、ビッグウッドにぶつかるソレイユ運河の飛沫によって虹がかかる。

 『長耳族』の里は基本的に運河の上にあるビッグウッドに設けられている。外部へ出向くときは陸地に生えているビッグウッドへ橋で渡り、そこから内部に造られた螺旋階段を使うことで両岸と行き来できるようになっていた。

 数万本が生えるビッグウッドの並木はまだまだ開拓されていない幹も多い。基本的に里から出ることを許されるのは組に所属する戦士だけであった。

 ビッグウッドでも特に高い場所に造られた集会場は大長と組長が集い、アレックスの尋問が行われた場所でもある。


「ここに居ったんか」

「お祖父ちゃん」


 集会場の窓から、ビクターとアレックスの向かった方角を眺めるソーナは朝一番でここへ足を運んでいた。

 ここなら、岸にあるビッグウッドの様子が全て見える。帰ってくるなら一番に姿を見ることができるのである。


「別にここじゃなくてもええじゃろ。ソニアが戻ってきたら門番が“耳笛”を吹く」


 耳と目が優れている『長耳族』は、その能力と端整な容姿から他の亜人たちからは様々な形で重宝された過去を持つ。

 聞こえとしては良いモノの、その真意は有無を言わさない奴隷の歴史と言っても間違いではなかった。

 この『深緑の森』で生活が安定するまでは多くの同胞が捕まり、人とは思えない最期を迎えたという辛い過去もある。

 ソリティスもそんな激動の時代を生き抜いた一人。だからこそ、本来なら同胞以外は信じない。例外としてビクターは許容しても、それ以外の存在がこの地を踏むことは無いと思っていた。


「直接確認したいの。ちゃんと、三人で帰ってきてくれるって」

「カハハ、三人とはな。はて、あと一人は誰かのぅ?」

「お祖父ちゃん……」


 悪ふざけでとぼけるソリティスにソーナはジト目で睨む。


「二人! だよ!!」


 その会話に口を挟んだの、ソーナと同じ目的で上がってきたソマルだった。


「帰ってくるのはビクターさんとソニア姉だけ! あのアックスとか言う『人間』はいらないから!」

「ソマル……あなたは本当に極端ね。あと、アレックスさんよ」

「名前なんてどうでもいいの! 逆に、なんでお姉ちゃんとお祖父ちゃんは『人間』をかばうの!? お父さんに怪我を負わせて、お母さんを殺した奴らなんだよ!!」


 ソリティスの実娘で、ソーナとソマルの母は『人間』に殺されていた。そして、ソニアが攫われた時、取り返そうと追いかけた父も重症を負って帰り、今も意識が戻っていない。


「みんながみんな、悪者ってわけじゃないの!」

「あたしたちを心も体も傷つける奴らがなんで良い奴なのさ!!」

「『長耳族』にも、悪い人はいるでしょ! 外ばかり悪いことを言うのはやめなさい!!」

「まぁ、ソマルの言っている事は間違いではないのぅ」


 と、姉妹の口喧嘩にソリティスは髭をいじりながら祖父の顔で割り込む。


「お祖父ちゃん!?」

「そうだよ! もし、アイツが生きて帰ってきたらあたしが撃つよ!! お父さんの組はみんなそのつもりで準備を――」

「もし、『長耳族』だけで生きていけるのなら、ソマルの考えは正しい」


 え? とソマルは思わず言葉が出る。

 まだ、この里がなかった頃、逃げ場を失った『長耳族』は、全てが奴隷として扱われるのが時間の問題として迫っていた時があった。その時のソリティスは組長の一人で、当時の大長は一族全体で自害することを告げる寸前まで追いやられていた。


「昔、『長耳族』は奴隷として生きるか死を選ぶかしかないと……諦めた時があった。じゃが、その時の大長が一人の『人間』と話をした」


 その時の事をソリティスは当時の大長から直接聞いていた。現れた『人間』は、


“安住の地をやろう。お前たちを害する存在と関わることなく、『終末の刻』まで平和に暮らすことが出来る場所だ。ただし、ある決まりを破ったらその平穏は崩れ去る”


「ある決まり事?」

「他の亜人と関わらずに『長耳族』だけで生き、『長耳族』だけで滅ぶという事。そうする限り、平穏は保たれる」


 当時の大長はその『人間』の提案を受け入れた。しかし、『終末の刻』という言葉を大長は軽視できなかったのである。


「伝承である『終末の刻』を明確に言葉として宣言する『人間』に大長はソレが事実であると悟った。個の種族では到底、抗えぬと知ったらしい」


 当時の大長は、この地に腰を落ち着かせ、ソリティスに大長を譲り死去する時に『長耳族』の未来は滅亡しかないと告げてこの世を去ったのである。


「抗うか。それとも黙って死するか。二人ならどうする?」

「抗うよ」

「戦う!!」

「カハハ。そうじゃのぅ。誰も死を選ぶことなど考えん。じゃから、ワシはビクター殿を信じてみようと思った」


 ソニアが聞いた【森の鼓動】は、決して無視できるモノではない。そして、『長耳族』だけでは解決できないのも事実なのだ。


「それに、アレックスという『人間』も中々に面白い」


 ソリティスはアレックスの眼を見て、何をする者なのか、そして何を信念として生きているのかを感じ取っていた。


「必要なのは、変わらず、折れることのない確固たる信念。そして、信念を持つ者は何よりも強い」


 かつての大長が『人間』を信じ、その後、残った『長耳族』に未来を託したように、今一度、『人間』という存在が本当に害悪であるかどうかを今回の件で見定めようと思っていた。


「必要なのは、“種の絆”か。それとも“個の絆”……か。どちらにせよ、手遅れにならないうちに決断したいものじゃのぅ」


 一夜明けた。ビクターの作戦で、順調にいけばもう戻ってくる頃合いだ。

 その時、“耳笛”が『深緑の森』に響く――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 半日前――

 【闇魔法】の使い手である婦人――ネスは、アレックスに対して微笑む。細目に物腰柔らかい印象を受けたので、そう見えただけかもしれないが。


「貴女は……」


 アレックスはネスに対して表しようのない感情が心に現れる。だが、そんなはずは無いのだ。あの人は既に死んでいるのだから――


「アナタ。とても複雑なことになっていますね」


 ネスは奴隷商とビクターの横をすり抜け、アレックスへ語りかける。


「ネス殿。お忙しいところ申し訳ありませんが、この奴隷の首枷を鑑定して頂けませんか?」


 奴隷商の言葉にネスは、奴隷? とアレックスを見て次にビクターを一瞥すると、納得したように頷く。


「良いですよ。丁度、暇を持て余していた所です」

「……」


 どことなく腹の中を探られたような反応にビクターは仮面の奥で眉をひそめた。


「それでは、(わたくし)とこの子を二人だけにしてもらえますか?」

「なぜだ?」


 ネスの提案にビクターはアレックスが自分の監視を外れる危険性を考えて抗議する。


「見たところ、これは『呪縛の輪』ですね。【闇魔法】を使う者たちの間では有名です。これから鑑定を行いますが、本物であった場合、他に呪いが飛び火してしまうかもしれません」


 ネスはいくら腕の立つ【闇魔法】の使い手だとしても、古に造られた『呪縛の輪』は何が起こるのか想像できないという。

 現状のまま使うのなら、簡単に事を済ませられるが、本物であると証明を鑑定するとなると『呪縛の輪』そのものの仕組みに触れなければならない。そうなった場合、他に呪いが飛び火する可能性も十分にあるのだとか。


「それでもよろしければ同席を」


 柔らかく微笑むネス。ビクターはこれ以上関わると考えていることを全部見透かされそうな印象を受け、踵を返す。


「部屋の外にいる。終わったら呼べ」


 呪われるのは御免だ。と言わんばかりにビクターは部屋から出ていき、奴隷商も慌てて外へ出た。






「名前をまだ聞いていませんでしたね」

「アレックスです」


 先に名乗ったのは彼女なので、アレックスも同じように名乗る。


「アレックスさん。聞きたいことはありますか?」


 二人きりになった途端、ネスは全く関係のない話を振ってきた。聞きたい事……とはこの『呪縛の輪』についてだろうか?


「えっと……それはどういう――」

「はい」


 ネスは椅子を用意して座るように促す。アレックスはそのまま、申し訳なさそうに椅子に座った。


「外には何も聞こえませんよ。そういう結界を張ってありますから」


 だから、遠慮なく。と言いたげにネスはカップに入れた紅茶をアレックスに差し出した。


「あ、ありがとうございます……」


 なんだこれ? 理解が追い付かない。とりあえず流れのままに紅茶を啜る。甘い味が熱と共に口から鼻に広がる。


「おいしい?」

「はい」

「リラックスできました?」


 どうやら、緊張を解くための行動であったらしい。


「ありがとうございます。なんか、気を使ってくれたみたいで……」

「気にしないでください。頼まれていた事ですから」

「え?」


 ネスは紅茶を啜りながら、おいしい、と自画自賛する。そんな彼女にアレックスは疑問が増え続けるばかりだった。


「聞きたいことは出来ましたか?」

「え……はい。あの、“頼まれていた”とは?」

「そのままの意味です。多分、アナタは何も分からないまま困惑しているんじゃないかと思っての配慮でしょうね」

「え……あ、えっと――」


 何を質問していいのかアレックスは混乱する。ビクターとの作戦の事がばれてしまったのかと推測を立てるが、判断材料が少なすぎる。

 かと言って、下手に何か言おうものならボロが出そうだ。


「ふふ。すごいと思います。何もない状況で、自分の心を曲げず、歪ませず、ただ真っ直ぐに灰色の道を()く。並大抵ではありませんよ? 不安で一杯。だけど、絶対に曲げない。その身が崩れ落ちても」

「…………」

「だからだと思うのです。本当は【森の鼓動】がアナタに伝えるハズだったけど、(わたくし)に役割が回ってきました。だから、『長耳族』を怨んでは駄目ですよ?」


 どこか安心できる言葉はきっと気のせいなどではない。彼女はそっくりなのだ。

 三歳の頃に生き別れた母に。アレックスの世界では母は既に死んでおり、記憶の中の存在でしかない。


「聞きたいことはある?」


 三度の質問にアレックスはようやく何を聞きたいのかまとめることが出来た。


「ここはどこですか?」

「この世界は『アーク』と呼ばれています。アナタの視点から言うならば “異世界”と呼ばれる世界です」

「異世界『アーク』……」


 予想が確認に変わった瞬間だった。しかし、いくつかの疑問が残る。


「なぜ言葉が通じるんですか?」


 言葉はその世界の文化と言っても良い。『長耳族』特有の言語は理解できなかったが、“共通語”と呼ばれる言葉は問題なく受け答えが出来る。


「“共通語”は“神”が与えた最初の“魔法”だと言う人も居ますね。全ての種族と問題なく会話が出来る言語。それ以上のことは私も分かりません」

「神が与えた……? この世界には魔法があるんですか?」

「はい。色々と制限はあるけれど魔法も馴染み深い技術です」

「なんか……予想していた通りです」


 現状、魔法なんて代物は通路を照らす発行体しか見たことは無い。だが『【闇魔法】の使い手』なんて言葉があるくらいだ。他の魔法使いも多々いるのが推測できる。


「柔軟にかみ砕いてくれるのは無駄な説明が省けてありがたいわ」


 楽しそうな様子でネスはコロコロと笑う。


「僕は何のためにこの世界に来たんですか? いや――来させられたんですか?」

「理由は私には分かりません。ただ一つ言えるのは……アナタしか来られなかった、という事らしいです」

「え?」

「この世界を見て何か思うところはありませんか? 元の世界と類似している事が何かありませんでしたか?」

「…………」


 この世界と元の世界で類似している事――思い当たるのは一つだけだ。


「知り合いにそっくりな人が居ました」


 ビクターが例の一つ。そして、目の前のネスも母とそっくりである。


「この世界(アーク)はアナタの世界とは鏡合わせの世界。ただし、全く同じというわけではなく、文明の方向や文化の流れは大きく異なっています。そして、アークとアナタの世界には同じ存在が一組ずつ存在するのです」


 ネスの言うには、アークとアレックスのいた元の世界では、同じ姿で名前も近い者が一人ずついる。だから、お互いの世界には行き来することも干渉することもできないらしい。


「どの世界も大きな輪廻が存在します。例えるのなら綺麗に噛み合った歯車をイメージいただければ解りやすいかと思います。狂いなく動いて命を循環させる。“死ぬべき存在”や“生きるべき存在”は輪廻の中で問題なく運命を全うするのです」


 巨大な生命のシステム。それはこの世界(アーク)もアレックスの世界も同じだという。

 ネスが理解できるのは、【闇魔法】の深淵に触れ、世界の理に近づいたから、らしい。どこまで本当かは分からないが。


「しかし、アナタは別なのです。アナタの世界では『アレックス』は存在します。けれど、アークでは居るはずの『アレックス』は存在しない。アークの『アレックス』は意図せずに殺され、輪廻そのものから消滅してしまったから」

「だから僕しか来られなかった……と?」


 ネスはアレックスの回答に、はい、と微笑む。


「帰りたいですか?」

「大切な人を待たせているんです……出来るのなら今すぐにでも」

「それは難しいでしょうね。アナタは既にこの世界の歯車として機能してしまっていますから」

「どうすればいいんですか?」


 世界を渡るなど非現実的だ。この世界(アーク)でもソレは容易く行える事では無いと言うことは理解している。一個人がどうにか出来る問題では無いことも。

 それでも帰らなければならないのだ。彼女の元へ――


「これは私個人としての考えです。この世界におけるアナタの代わりを仕立てれば世界(アーク)はアナタを手放そうとすると思います。同じ歯車が二つ存在しても困るだけですから」

「代わり?」

「ええ。“アレックス”という存在の代わりです。ただ役目を他人に託すだけではダメ。新しい“歯車”を創らなければならない」

「……勝手に連れてこられて……そんなの、理不尽じゃ無いですか」


 意図せずに連れてこられて、帰りたかったら代わりに存在しろと言われても納得できる分けが無い。


「きっと『アーク』を救うための苦肉の策だったのでしょう。せめてと言わんばかりにアナタには渡しているモノがあるようです」


 渡されているモノ……? アークに持ち込んだのは服だけだ。それ以外は何も――


「ちょっと待ってください。今、質問が新しく出来ました」


 アレックスはここ数日の慌ただしさですっかり忘れていた事を思い出す。


「あの上と下に世界が映っていた場所は何だったんですか? あの場所にいた女性は、僕に“お帰りなさい”と言いました。それはどういう意味ですか?」


 今は現実の事ではなく、アレックスの身に起きた事を重点にネスは答えてくれている。ならば全てを教えてもらおうじゃないか。


「私にはアナタに伝えることが出来るけれど、今のままではアナタは理解できないと思います」

「どういうことですか?」


 ここまで言っておきながら重要なことをもったいぶるのか。温厚なアレックスでも感情的になるのは必然だった。


「……≪彼女を止めてほしい。きっと後悔する≫」


 ネスが口にしたのはあの時、“光の女性”が発していた言葉。そして、同じように聞き取ることは出来なかった。


「……喋れるのに訳せないんですか?」

「これは単語を、ただ繋いで口にしているだけなのです。私は意味も知らない、なんて言っているのかは分からない言葉。ごめんなさい」


 アレックスは、困ったように微笑むネスを追求するのは間違いであると溜飲を下げる。


「すみません。なんか感情的になっちゃって」

「いいですよ。誰だってそうなります。私も最初はそうでしたから」


 どうやらネスも“光の女性”から一方的に押し付けられた形らしい。


「じゃあ、ネスさんも転移者?」

「いえ。私は正真正銘、アークの生物です。ただちょっとだけ長生きなので、どの時代にアナタが来ても確実に伝えられると思われたようです」


 年齢は秘密です、とネスは紅茶を啜る。


「きっと、特に深く考える必要はないと思います。アナタのそのままの行動が、良い結果につながると信じて不確定に情報が渡されたのでしょう」

「なんか納得いきません」

「同意見ですが、今は目の前の事を片付ける方が良いでしょう。そろそろ出ないと怪しまれますね」


 と、ネスは白紙の鑑定書を取り出した。

 アレックスとしては、まだ聞きたいことはあるのだが、今はビクターの作戦中だ。長引いたせいで変な疑いを持たれればこれからに支障が出る。


「また話せますか?」

「ええ。きっと」


 まるでいつもやっている事務をこなす様に出来上がった鑑定書をアレックスに差し出した。


「はい、その首枷の鑑定書です」

「……こんなに適当でいいんですか?」


 アレックスとネスは、ただ質疑応答しただけだ。この首枷が『呪縛の輪』である事など一切調べていない。


「問題ないですよ。だって、ソレ私が造った物ですから」

「……うん?」


 新たな謎が浮上し、深く考えずアレックスは反射的に聞き返した。


「……差し支えなければ教えてほしいんですけど……ネスさんって何者ですか?」

「本名は特にありませんが、仲間の間では『ダークネスドラゴン』で通っています。伝承では【邪龍】と言われていますが、その名前は好きじゃないのです。ネスって名乗った方が可愛いでしょう? あ、ちなみに今の事は内緒にしてくださいね。『女神教会』に追われたら、辺りを焦土にしないと逃げられないので」

「ハハハ……」


 アレックスは、彼女がどれだけ危険な存在なのかが比較できない事と、異世界知識が浅いことに危機感を覚えた。

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