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3.奴隷

 アレックスの進退を決める会議が開かれて数日後。ビクターに連れられて、アレックスは久しぶりに地面に足を着けていた。

 『長耳族』の里は『深緑の森』と呼ばれる深い森の奥にある。

 『深緑の森』は大陸を分けるソレイユ運河が通る唯一の森として知られ、海水を栄養とする特殊な木――ビッグツリーは太く丈夫な幹を宿す。凍結や炎上にも強く他の植物とは一線を画す耐性を持つ。そのビッグツリーの並木に『長耳族』の里は造られているのだ。


 体力を十分に回復させ、ビクターから作戦の内容を聞かされていた。里に居ればソーナとソリティス以外の『長耳族』の視線は厳しいもので、アレックスとしてはさっさと出発したい衝動も含まれての事である。


「余計な事は喋るなよ」

「はい」


 素顔を晒さないために仮面をつけたビクターは、もはや頭部以外に見えるところはない。

 手枷で縛られたアレックスは、そこから延びる紐を掴むビクターに引っ張られ、森の外で待機している馬車へ近づく。


「お待ちしていました」


 馬車を止めた男が一礼しながら告げる。眼鏡に小綺麗な服装をした男は、帽子を取ると現れたビクターへ一礼する。この辺りを生業にする奴隷商の男であった。


「おや?」


 奴隷商の男はアレックスを見て疑問視を浮かべる。


「なにか、文句でもあるのか?」

「いえ……顔も名も明かさぬ、ノーフェイス様の連れてくる奴隷です。それほどの価値がおありであることは分かっていますが……」


 ノーフェイス。この名前は奴隷を取引する界隈の中でも有名な名前だった。名前も顔も明かさず、どこからか奴隷を連れてくる者達。そして、ノーフェイスの連れてくる奴隷は特殊な能力を持っていたり、高貴な身分の亜人であることが多いのだ。


「『深緑の森』に入り、『長耳族』を連れてこない事が意外か?」


 一か月にも、ノーフェイスと名乗る『人間』が【森の鼓動】と呼ばれる、『長耳族』の巫女を捕まえて高額で取引されている。

 その取引は『コロシアム』が直接行った事もあり、ノーフェイスの事は話題になっていた。奴隷商の男は今回の取引は、それに匹敵する価値があると思っていたのだ。


「『長耳族』は殆どの者が“耳笛”を所持している。捕まったフリをして『コロシアム』を襲撃されれば、来客達にも被害が出るからな」


 耳笛とは、『長耳族』だけが聞き取れる音を発する笛の事である。吹き方で簡単な会話ができるなど汎用性は高い。


「なんと。我々の事も考えての事ですか。ご配慮痛み入ります。ですが、その『人間』が『長耳族』に匹敵する価値があるかどうか――」


 ビクターはアレックスに首枷の『呪縛の輪』を見せるように告げる。


「その首輪は?」

「あの【邪龍】が封印されている地で造られた“闇人”の作品――『呪縛の輪』だ。拘束された者の全ての権利を、拘束した者が得る。噂ぐらいは聞いた事があるだろう?」


 裏社会で鑑定業をかじっている者なら一度は耳にする呪具の一つだ。作れる“闇人”は伝承の存在とされるほどに古い時代に造られた代物。現存する物は世界に四つしかないと言われている。


「どちらかというと、価値があるのは首枷の方だ。『人間』の方はオマケで考えていい」


 『呪縛の輪』は一度装備すれば、解除することのできない呪いそのものであると言われていた。どんな魔法でも外すことのできないソレは、装着している者が死ぬ以外に外れることはない。

 拘束系のアイテムでは最高位のモノ。ドラゴンの一体がコレを装着されて他国を滅ぼす事を強要されたと言われている伝承が残るほどのモノだ。


「ですが、その『呪縛の輪』が本物である証拠はありますまい」

「なに?」


 ノーフェイス(ビクター)は怒気を含ませた口調を演技で混ぜる。


「い、いえ。勘違いなさらないでください。我々はノーフェイス様の提供する商品には毎度のことながら驚かせてもらっています。しかし、我々が信じていても、次に購入してもらう方には納得していただけないかと思うのです」


 世界でも希少価値がトップである『呪縛の輪』。現在確認されているのはたったの二つで、二つとも『女神協会』によって押収され封印されている。高位の【光魔法】か【闇魔法】を使う者でなければ本物は判別できず、偽物も多く出回っているのだ。


「……わかった。本物だが、偽物であったと吹聴されれば、こちらの沽券にかかわる。『コロシアム』には【闇魔法】に精通する者もいるか?」

「はい。存じております」

「代金はその鑑定しだいでいい」

「これはこれは。わたくしどもは生涯、ノーフェイス様に頭が上がりません」


 全ての会話を聞いていたアレックスはノーフェイス(ビクター)に言われて馬車の荷台に乗る。

 荷台は逃げられないように檻になっており、外の様子が見えないように上から布が被せられていた。


「座っていろ」


 手枷を馬車の中の鎖に繋ぎ変えられたアレックスは、奴隷商の部下に言われて腰を下ろす。すると、客用の馬車に乗ったノーフェイス(ビクター)に奴隷商が素朴な疑問を口にする。


「ところで、『呪縛の輪』を着けられた者がいるのであれば、着けた者が居るはずです。その者はどこに?」


 噂では『呪縛の輪』には、“着ける意思のある者”と“着けられる者”は別でなければならないと言われている。どこまで本当かは分からないが、今『呪縛の輪』を着けているアレックスを支配しようとした者が居るのは間違いないだろうと奴隷商は尋ねた。


「殺した」


 凄みを聞かせたビクターの演技に、奴隷商は冷や汗を掻きながらそれ以上の追及は避けるように馬車を発進させた。






 奴隷の流通は大きく分けて二つに決する。

 一つは『オークション』。

 奴隷商は捕まえた奴隷を基本的には『オークション』に出し、様々な客が競りを行う。

 基本的には労働目的で奴隷を買い取る場合が多いが、中には希少な亜人などを買い取る者や、自らの趣味趣向を目的に競り落とす者も多々いる。

 中でも長寿で顔立ちの良い『長耳族』は、世界でも『深緑の森』にしか居ないこともあり希少価値は高い。

 そんな『オークション』で売れ残ったモノは『コロシアム』に流されることが多い。

 奴隷が行き着く先の二つ目が『コロシアム』である。


 一獲千金を夢見る戦士たちの闘技場であると同時に、国が進んで運営している、世界各地に存在する、娯楽施設の一つ。

 腕の立つ者たちが力と技を競い、観客たちはどちらが勝つのかを賭ける。

 勝った戦士には莫大な賞金を与えられる事から、それが目的で参加する者や、まだ見ぬ強者に腕試ししようとする戦士もいる。

 傭兵部隊が大型の魔物と戦うなどの、対戦方法も様々で、客を飽きさせない工夫がされているのも人気の一つだ。

 年に二回、『女神教会』の監査が入るなど、荒っぽいがクリーンなイメージが一般市民には定着している。


 しかし、ソレは“表の営業”の話である。

 『女神教会』の監査の届きにくい辺境の地では、他国の貴族たちが裏で工作し、表沙汰にできない“裏の営業”が行われていた。

 特定の会員である事と、一定の入場料を払うことで観ることができるソレは道徳を外れた死闘そのもの。

 しかも、証拠をつかんだとしても『コロシアム』の運営には裏に大国の貴族が居るとされており、『女神教会』も監査意外に踏み込むことが難しい。

 奴隷にとって『コロシアム』に売られれば最後。表に出るには死体でしか出られないと言われていた。


「お前が行くのがそこだ」


 出発前夜。アレックスはビクターから奴隷がどうなるのかを大まかに説明されていた。


「わかりました。僕は何をすればいいんですか?」

「囮だ。幸いにもお前には『呪縛の輪』がある。『人間』とはいえ価値は『長耳族』を超えるだろう」

「えーっと、この首枷ってそんなに貴重なんですか?」

「伝承ではドラゴンを使役するほどの拘束力があるそうだ」

「ドラゴンいるんですか!?」


 淡い夢が膨らむ。異世界といえば、剣と魔法とドラゴンなのだ。親友のマニアックなファンタジー話の中で、アレックスもドラゴンには強い興味があった。


「伝承では六体のドラゴンが『終末の刻』を引き起こしたと言われているが……その後【英雄王】に封印されている。そもそも実在するかどうか分からん」

「そうなんですか」

「お前が今、気にするのはソレじゃない。目の前の事を真面目に考えろ」


 これから死地に行くアレックスの反応に、ビクターは呆れながら説明を続ける。


「今回行く『コロシアム』は大国――ファルトリウスの近くだ」


 ファルトリウス。世界でも多くの亜人が行きかう交易国家であり、元は一人の女王が立ち上げたとされ、『終末の刻』が起きた場合に世界中に支援を送る為の支援国家としての立ち位置が強い。そのおかげが全ての大国と同盟関係にある。


「国が近いのに奴隷が横行してるんですか?」

「いや、奴隷は国が認めている労働力だ」

「え?」

「『オークション』や『コロシアム』の裏営業は、表沙汰にできない裏社会の部分だ。本来なら本人の同意なしに奴隷として使役することはあってはならない。それは『女神の法』で決められている」


 本来、奴隷とは主人に契約を持って仕える従者のようなもの。平たく言えば、忙しい時に賃金を払って雑用や雑務を任せる雇人のような存在らしい。


「『女神の法』?」

「各地の『女神の加護』を受けるために必要な所作だ。これを守っていないと判断されたら『女神の加護』はその地から消え失せると言われている」


 覚えきれそうにない。今は『コロシアム』に関するモノを優先して後でその辺りは教えてもらおう。


「話を戻す。お前の『呪縛の輪』は法外な価値があるという事だ。それをエサに『コロシアム』に入り、ソニアを助け出す」

「えーっと、具体的にはどうやって……」

「とりあえずは“正攻法”で行く」






 着いたのは円形の壁に囲まれた場所――ではない。

 外から見れば殺風景な丘にしか見えないその場所は、丘の一部を掘り広げ内部へ入っていく道を作っていた。


 門は土壁。どのようなギミックなのか、音を立てて丘の一部が剥がれるように持ち上がると、馬車を迎え入れ、土砂崩れのような音を立てて元に戻る。

 ここは馬車や大型の魔物などを搬入する入口の一つであり、外客が出入りする場所は反対側の封鎖された坑道の入り口を利用していた。


「降りろ」


 馬車が止まり、アレックスは手枷の鎖が外されると降りることを促される。

 日はすっかり落ちたというのに、坑道の中は不自然なほどに明るい。等間隔で吊るされている瓶。その中には『長耳族の里』でも見た、丸い発行体が通路を照らしている。ソーナから簡単に説明されたが、何でも光の精霊を閉じ込めているとか。


「歩け」


 一度小突かれて歩き出すアレックスは、客用の馬車から降りるビクターと視線が合う。


「まずは鑑定から先だ」

「はい。こちらです」


 奴隷商とビクターが歩く数歩後ろからアレックスと奴隷商の部下も続く。しばらく歩くと奴隷や蛇のような魔物が檻の中に入っている場所へ着く。

 うめき声や、檻の中から見つめる視線があちらこちらから向けられた。


「…………」


 その全てが助けを求めているとアレックスは察する。この檻の中にいる者たちすべてが不当に集められた奴隷だと雰囲気から理解できる。


「……っ」


 今はどうにもできない。助けたい衝動に駆られるが、自分に何ができる?

 結局は彼も同じだ。もし、ソーナが助けてくれなければアレックスがこの檻に入っていてもおかしくはない。ただ彼らは運が悪かった。それだけの事なのだが――


「あの……」


 不意に出したアレックスの声に奴隷商とビクターは振り向く。


「彼らはどうなるんですか?」

「彼ら?」


 余計な事を言うな。というビクターの視線を受けながらも聞かずにはいられなかった。


「ああ、この奴隷どもの事か。闘技場に出される。勝った方は他に勝った奴と戦わせ、最終的に一人になった奴は魔物と戦わせられる。ほとんどは怪我でまともに動けず喰われて死ぬなぁ」

「…………」

「だが、稀にその魔物さえも倒しきる奴がいるなぁ。そいつも最後は『ハートレス』の餌食になったが」


 すると、響くような歓声が通路の奥から聞こえてくる。その声には熱が乗っていた。まるで誰もがその戦いを渇望しているように、熱気は止むことがない。


「相変わらず、騒がしいところだな」


 ビクターはつまらなさそうに呟く。


「ノーフェイス様は知りませんか? とんでもない奴が奴隷で現れましてね。なんでも、高位奴隷である『長耳族』の巫女――【森の鼓動】の身柄を求めて、運営の出した条件を呑み、十連勝を目指す『ヒュドラ族』が居まして」

「……別のノーフェイスが持ち込んだ【森の鼓動】か。話には聞いているが……買い手はつかないのか?」

「はい。奴隷の印を刻むにはあまりにも高位すぎる存在であるため、誰も使役できず商品にならないのです。ただ身体能力的にはさほど高くない為、傷物にせぬようにと運営の上層部が管理しているとか」


 運営。この『コロシアム』を仕切る組織である。封鎖されているとはいえ、ここまで大規模にイベントを行える資金や隠蔽性を考えると、後ろ盾として国内外の貴族が居ることは明白だろう。


「下手に外部へ奴隷処理を頼めば『女神教会』が嗅ぎつける可能性がある、という事か」

「そのようです。わたくしも【森の鼓動】は伝手で一度見たことがありますが、やはり格別というか、ガラス越しに見ただけでも神々しさがありました。機会があればぜひご拝聴をお勧めします」

「だが、『長耳族』も黙っていないだろう? その辺りの警護は大丈夫なのか?」

「大丈夫。と言いたいところですが、最近【雷人】が『深緑の森』へ向かったという情報がありまして」

「……【雷人】が?」

「はい。『女神教会』も目立った動きはありませんが、今回の取引後にノーフェイス様はここを離れる方が良いかと思います」

「忠告痛み入る」


 他人事のように装いながら、ビクターとアレックスは奥へと案内された。

 例の『ヒュドラ族』の事は気になるが、作戦の修正は難しい。幸いにも運営と観客の注目が、その『ヒュドラ族』に集まっているのはビクター達にとって利として働くだろう。


「こちらです」


 熱狂の歓声が少しだけ遠のく一室にアレックス達は通された。

 土を掘って出来た一室。吊された瓶には様々な色が光っている。宙に浮くタロットカードや、紋章の入った水晶は七つの色に変り続ける。


「ごきげんよう。今、お茶を入れたところなのだけれど、お飲みになります?」


 そこに居たのは一人の婦人。細目に長いローブと灰色の髪を三つ編みにまとめ、肩口から前に垂らしている。大人びた雰囲気とグラマラスな体型は母性を感じさせた。


「彼女が『コロシアム』で抱えている【闇魔法】の使い手です」


 奴隷商の紹介に、婦人は丁寧に一礼する。


「お客さんですね。ごきげんよう。(わたくし)はネスと言います。以後、ご贔屓を」


 奴隷商が説明し、ビクターは女からただ者で無い雰囲気を感じ取る。だがアレックスは驚きの混じった目で見ていた。


「貴女は……」


 女もアレックスを見て、あら、と一度声を上げる。


「アナタ。とても複雑な事になっていますね」

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