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13.帰路

「アレックス」


 ケルファトが去ってからしばらくして、ノーフェイス(ビクター)がソニアを連れてその場に現れた。


「皆、出ていきました。後は僕たちが最後みたいです」

「そうか」


 【森の鼓動】としての気品を持つソニアが現れたことで、退去作業をしている従業員たちの注目が二人に集まる。


「と……えっと……ソニアさん……で良いんですよね?」


 しかしアレックスは、ソニアの神々しさよりも疑問の方が強く出てしまった。失礼と思いながらもノーフェイス(ビクター)の傍らに居る『長耳族』の少女に尋ねる。

 情報では、ソニアはソーナとソマルの長女である。しかし、目の前に居るのはソマルよりも幼い外見をした『長耳族』だ。


「……はい。貴方が……アレックス様……ですね……此度は私の為に……ありがとうございました」


 眼が見えないという情報だが、閉じた瞳でもこちらを認識しているように丁寧にお辞儀をしてくる。


「あ、どうも」


 『長耳族』特有の美貌に一度も太陽の下に出た事のないような白い肌は極限までの清楚を感じられる。それでいて、どこか注目してしまうような儚さと引き付けられるような保護欲に駆られた。


 【森の鼓動】。『長耳族』の巫女。

 普通の存在とは一線を画する。誰に言われずとも納得できそうな存在感だった。


「……すみません。一つ……聞いてもいいでしょうか?」


 ソニアはアレックスがケルファトと戦った旨をビクターから聞いていた。


「ケルファト……いえ……『ヒュドラ族』の男性の方を……知りませんか?」


 解放されたのならここに居るか、もしくは通った可能性からケルファトのその後を尋ねる。


「もう、行っちゃいました。なんでも、ヒーローはガラじゃないそうです」


 その言葉に、ソニアは悲しそうな雰囲気を出す。せめて、一言御礼が言いたかったのであるが叶わない事となってしまった。


「また会えますよ」


 アレックスは気にすることは無いと彼女を慰めるが、心から励ませるはケルファトの言葉だけだろう。


「アレックス、ソニアの手を引いてやれ。馬と荷車を手配してあるから、日が昇る前には『ビッグウッド』に帰るぞ」


 『コロシアム』から出た後に、ソニアを奪おうとする者が居ないとも限らない。アレックスは多少痛む脇腹と片腕に苦労しながら先に馬車の荷台に乗り込む。


「怪我を……しているのですか?」


 ソニアはアレックス発言から怪我をしていると察した。


「大丈夫です。腕の立つ方に治療してもらいましたし、女の子一人くらいは手を引けます」


 アレックスはソニアを引き上げて荷台の隅に座らせてあげると、ネスから渡されたコートをソニアに着せてあげた。


「はい。これで少しは目立ちづらいですかね」

「……ありがとうございます……アレックス様」

「様……アレックスで良いですよ」

「ですが……」

「言われ慣れてないんです。それに恥ずかしい……」

「それでは……アレックス……さん?」

「はい。アレックスですよー」


 少しこわばっていたので、適当な会話でソニアの緊張をほぐしてあげると、ノーフェイス(ビクター)が荷車を引く馬に、乗馬する。


「馬は荷車から離せば勝手に帰ってきますので、直接の返還は必要ありません」


 出口で『コロシアム』の従業員から説明されると、馬車は比較的に低速で発進を開始した。






 『コロシアム』の光が遠ざかる。

 馬車は道の凹凸に時折跳ねながらも『ビックウッド』に向かって問題なく帰路へ着いた。

 操馬するビクターは変装用の仮面を取ると荷台に投げ、アレックスとソニアは荷台で座って休む。


「ビクターさん。ソニアさんを狙って他の人が襲撃に来たりしませんかね?」


 僕は戦えませんよ? とアレックスは補足するが、


「今のところは半径500メートル圏内にヒトの魔力反応はない」


 ビクターの魔法なのか、周囲の存在をある程度感知できるらしい。襲撃を恐れる身としては心強い能力だ。


「そういえば、ビクターさんって何者なんですか?」


 『長耳族』から絶対的な信頼を得ている『人間』。『人間』を毛嫌いする『長耳族』からすれば、彼にこの作戦の全容を託すのは明らかに不自然だ。


「……あまり、自慢することじゃない」

「教えてください」

「……【雷人】様です。アレックスさん」


 ビクターの代わりにソニアが答えた。


「世界が認めた……六人の『英雄』……ビクター様は……その内の一人です」

「ええっと……すっごくレアな人?」

「なんだそれは?」

「つまり、ビクターさんって凄い人?」

「一般の定義で言えばだがな」


 最初に『長耳族』の里で目を覚ました時、ビクターの名前を言い当てたことで、アレックスはビクターの存在を知る『コロシアム』側の人間か奴隷商の偵察だと思われたのだ。


 『英雄』と呼ばれる者達は表ではその情報は秘匿されている。

 無論、『英雄』としての証明物などを持っているわけではない。しかし、どの種族に対しても平等に見る精神と行動、そして一個人に持つ戦闘力は『終末の刻』を備えたモノであると言われ、知れずと巨大な力を持つ。

 その中でもビクターは【雷人】と呼ばれており、主に多種族同士の軋轢を宥める事が多く、その行動力は世界を管理する『女神教会』も一目置くほどだった。


 アレックスは簡単な説明を聞き、最初にビクターの名前を言い当てた時のことを思い出す。

 表には秘匿されている【雷人】の素性。隠しきれるものではないとしても、あの状況で『英雄』の本名を言い当てるのは、敵の手の者と考えるのが当然と言えるだろう。


「……なんか、身近過ぎて実感がわかないなぁ」

「私は……とても驚いています……」


 とてもそのようには見えない様子でソニアは告げる。すると、眠気からかアレックスは大きな欠伸が出た。


「眠っていろ。着いたら起こす」


 欠伸の様子から相当疲れたと察したビクターはしばらく眠るように勧める。


「すみません」


 今は少しでも体を休めるために少しだけ意識を手放すことにした。

 長い夜だったが全てが終わった。

 ビクターに頼りきりになるが安心感から一気に疲れが襲ってくる。思えば、数日前に『長耳族』に助けられてからずっと気を張りっぱなしだった気がする。


「……また……君に助けられた……」


 ハートレスに首を絞められて絶望的な状況で頭をよぎったのはテラの言葉だった。


“私より先に死ぬな”


「…………」


 それは僕が犯した罪なのだ。

 彼女が僕に残した表情は笑顔だった。彼女は最後まで僕たちの事を案じていたのに僕はその約束を破ろうとして――


「ごめん……テラ――」


 無意識に出た言葉は微睡に呑み込まれ、同時に意識が遠のいて行った。

序章完

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