プロローグ
お前は死ぬために生まれたんだ。
後から知った事だったけど、僕は父の臓器のストックだったらしい。
そう教え込まれていた僕は生まれながらにして“死ぬべき存在”としての価値しか無く、名前も教養も三歳まで与えられなかった。
死ぬことが当たり前だと、言うことだけ教えられ、恐怖も何も感じずに生に未練なんてなかった。
戸籍も無く、出産証明もない。死んでも誰も困らない人間。それが僕。
そんな僕に手を差し伸べてくれたヒトがいた――
“一緒に行こう。君の名前は?”
首をかしげると彼女は理解したのか、少し考えて呟く。
“君の名前は……アルバート・レックスだ。私の知る言葉で“人”と“王”と言う意味を持つ。私も一人なんだ。一緒に来てくれるか?”
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え?」
気が付くと彼は水面の上に立っていた。
空は青く、漂う雲が反射する地面は鏡の様に空を映し出す。少し動くと水面は反応し、生まれる波紋はどこまでも水平線を揺れていく。
彼の体重だけがその世界にある唯一の“重さ”であるように周囲には何もない『鏡面世界』だった。
その空間に佇む彼は、神秘的な光景に心を奪われそうになる。
「……確か、こんな場所があるってテラも言ってたっけ」
敬愛する女性の名を彼は呟く。上も下もまったく同じ光景が広がる世界。まるで二つの世界の境界にいるような……どことなく鳥瞰した気分に浸る。
「って、それよりも――」
ここはどこだろう? 彼が視線を動かしたとき、口にする言葉を遮るように一人の女性を視界の端に存在していた。
うわっ! と驚きながら、彼は女性を慌てて視界に捉える。
片目の隠れた長い金色の髪。淡い光を発光する光で形作られた身体は凹凸がはっきりしており女性であるとわかる。その様から上品な様と神々しさを兼ね備えていた。
だが、何よりも驚いたのは、何も感じなかったことである。
「……誰ですか?」
存在感そのものを欠落しているような雰囲気を持つ女性は視界に入らなければ存在自体を認識できなかった。ずっと彼の死角にいたのだろうか。
警戒する彼とは対照的に、女性は驚きと嬉しさが混じったような表情で見つめる。
≪……アーク……≫
「え……」
言葉が聞き取れない。何か喋っているのはわかる。言語を発しているのも分かる。だが、何を言っているのかが理解できなかった。
彼の知る言語のどれにも当てはまらないのだ。推測すら立たない。
≪彼女によって『終末の刻』が引き起こされています≫
「何を言っているんですか?」
女性からは敵意のような危険性は何も感じられない。一方的に何かを告げている。彼は女性の雰囲気から、どうにか意図を汲み取ろうとするが。
≪私ができることはここまでです。後はアナタが世界を見て決めてください。その為に必要な力……【星落】を渡しましょう≫
女性から分裂するように小さな光が彼の中に入る。
「!? 何を――」
途端に、雲が晴れて天が開け、光量が増える。思わず目を細めたが、天を見て今度は目を見開く。
世界が映っている。近代的な街並みの揃うビル群がまるでこちらに落ちてくるかのように逆様に見えていた。
次の瞬間、落ちるような浮遊感を感じると同時に、彼の身体は水に落ちたように下に映っている世界に落ちて行く。
「!?」
後ろ目で下の世界を見る。中世的な街並みが特徴的だが、火や水が生きているかのように動き回っている。
反射的に手を伸ばす。だが、何もつかむことができない。そもそも掴めるモノなど存在しないのだ。落下に伴い意識だけが薄れていく。
≪私があの子の罪に触れることは許されない。いずれ……たどり着いた時に改めて謝罪をさせてください。だから今はこう言わせて――≫
女性の姿が遠ざかっていく。それに比例して意識を保つことが不可能になってゆく。
「――お帰りなさい。アーク……」
それだけが唯一聞き取れた言葉だった。
太古の刻。
意志を持つ『火』『水』『土』『風』『光』『闇』が人を断罪せし。
深き常闇の意思は人を破滅へ導く。
数多の魔の王が己の意味を掲げ。
古代に造られた文明の使徒が文化を滅ぼす。
全てが叶わなかったとき旧世の支配者が目を覚まし、世界を構築する『神』が現れる。
『終末の刻』
それは破滅と修正を表す言葉。幾度の破壊と再生が行われる度に暦が変わる世界で……唯一共通して残されている記録。
異世界――アークで、幾度となく文明を滅ぼした事象の時期を人々はそう呼んでいた。