Episode 98
アシュリーはレイフォンの上に乗ったまま泣いていた。
だが、表情は悲しそうなものではなく
笑顔であった。
「アシュ?」
「ぐすっ……なにレイ?」
涙を手で拭いながら聞き返すアシュリー。
「そのな……アシュの気持ちは嬉しいんだけど、少しだけ待ってくれないか?」
「待つ?」
少しだけ不安な表情を見せるアシュリー。
「いや……なんというか……アシュがテスターの街に帰ってきた時に俺から言わせて欲しいんだ……ちゃんと」
「ちゃんと?」
アシュリーは首を傾げている。
「ああ、俺がアシュとどうなりたいかだよ」
「どうなりたいの?」
「いや、だからそれはアシュがテスターの時にちゃんと答えるから、な?」
「どうして今はダメなの?」
アシュリーは食い下がらない。
「今はほら、魔王が復活して世界は大変な状況だろ? だからそういうのが全て終わって、平和になってからの方がいいだろ? 一時的に今は俺とアシュは一緒にいるけど、またしばらくしたらアシュは勇者達と魔王討伐? に行かないといけないんだし。やっぱりなんつーの……そういう関係になるならずっと一緒にいたいだろ?」
「そういう関係……うん……わかったわ」
アシュリーの赤い顔をして恥ずかしそうにも嬉しそうにも見える表情で頷いた。
端から見ればなんというか……面倒なふたりである。
いいからもう、付き合ってしまえと言いたくなる。
「あのね……もしも……もしもね……レイが浮気したら本当に私はレイを殺しちゃうけど……いい?」
可愛らしくもじもじとしながら、とんでもないことを言い出してきたアシュリー。
浮気などするつもりはないレイフォンだが、ものすごく寒気を感じていた。
そして、頭の中に久々に言葉が浮かんできた。
(ヤンデレ……)
「聞いてるのレイ? 殺しちゃう、ぞ?」
可愛らしく首を傾げるアシュリー。
「あっ、はい……わかりました」
「ん? なんで敬語なの?」
恐ろしいからとは言えないレイフォンであった。
ーー
レイフォンとアシュリーは夜の街をふたりで腕を組ながら歩いていた。
アシュリーは嬉しそうな表情をしている。
確認だがふたりはまだ、幼馴染み以上恋人未満の関係である。
さっさと付き合ってしまえ!
「アシュ……くっつきすぎだ」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
「なら、いいでしょ? ふふっ♪」
やれやれといった表情を見せるレイフォン。
「そういえばミリベアスのことだけど、俺はあいつのことはなんとも思ってないからな?」
「少しも?」
「少しも思ってない」
「そっかぁ……」
レイフォンの断言した言葉を聞いたアシュリーはホッとした表情を見せた。
「本気と書いてマジだからな。俺はアシュに勘違いされて浮気だなんて言われて殺されるのはごめんだからな」
「本気? マジ? ふふっ……まっ、とにかく本当にレイが浮気したら殺すけどね」
「…………」
楽しそうに笑うアシュリーに対して、レイフォンは額に一滴の汗をたらしながら苦笑いを浮かべていた。
(こいつ……本気だ……)
その後、ふたりは外で食事を済ませたあと、宿屋の部屋に戻るとすぐに就寝したのであった。
ーー
翌朝、先に目を覚ましたレイフォン。
「アシュ、じゃあ俺はーー」
「むにゃむにゃ……レイ……殺す……」
レイフォンは隣に眠るアシュリーの頭を撫でてから出掛けようと思ったのだが、寝言を聞いた瞬間に手が止まった。
「…………いってきます」
そして、微妙な表情を浮かべながらレイフォンは宿屋の部屋を出たのであった。
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