Episode 62
レイフォンとアシュリーがはじめて互いのことを「好き」と言葉にした日。
神様は屋敷には帰ってこなかった。
『先に旅に出ます』
との短い手紙を残して。
ふたりきりの屋敷で迎えた翌朝。
「お、おはよう……レイ」
「おはようアシュ」
よそよそしいアシュリーに対してレイフォンはいつも通りの態度で挨拶を返した。
「か、神様は本当に旅に出ちゃったのかしら?」
「たぶんな。逃げたとも言えるがな……」
「逃げた?」
普通なら昨日の、神様がアシュリーに葡萄ジュースだと嘘をついて酒を飲まされたことにアシュリーは怒るはずなのだが……。
アシュリーにはそんな様子は見られなかった。
「まっ、神様なんだから大丈夫だろ」
「そう……よね」
「それで俺が勇者と決闘だっけ? いつなんだ?」
「あっ、それはねーー」
その時
屋敷のドアがノックされた。
「アシュリー様、お迎えにまいりました」
「ーー来たわね。今日よ……いや違うわね。今からよ」
「はっ?」
「だってしょうがないじゃない! 昨日はその……ごにょごにょ」
「ごにょごにょって…………はぁ~」
頬を赤くさせ言いにくそうにするアシュリーに対してレイフォンはため息をはいた。
ーーーー
それから
レイフォンとアシュリーふたりは迎えの馬車に乗り、城へと到着した。
「……やばっ……気持ち悪い……」
「相変わらず馬車酔いするのねレイは? 短い距離だったのに?」
「俺もこんな短い距離で酔うとは思わなかったんだよ……」
「これから勇者様と決闘なのよ? しっかりしなさいレイ。ほら」
アシュリーは顔色の悪いレイフォンの背中を優しくさすった。
「……わ、悪い」
「まったく……」
呆れたような言い方だが、アシュリーの表情は柔らかかった。
ーー
城の練習場に到着したふたり。
「待っていたよレイフォン君!」
そこには腕を組み待ち構えていた勇者レオンの姿があった。
左右には苦笑いを浮かべるミミーと呆れた表情のマットの姿も見える。
「おはようございます勇者様。それとミミー、マット」
「おはようアシュリー」
「おはアシュりん。レイフォン君もおはよう。レオンに負けても気にしなくて良いからね」
「そうだぞ少年。適当に相手をしてくれればいい。危険だと感じたら俺がとめるからな」
ミミーとマットはレイフォンがレオンに勝てるなどとはまったく思ってない様子だ。
「僕はこれでも勇者だからもちろん手加減もするしハンデもあげるよ。そうだね……この左腕だけで戦おうじゃないか?」
利き腕ではない左腕を見せ、余裕の表情をみせるレオン。
だが
「レイを……私の幼馴染みを……バカにしないでください!」
そんなレオンに対して怒ったのはレイフォンではなくアシュリーであった。
「だ、だけど……アシュリー? 彼は一般人で……」
「そんな一般人のレイと決闘をさせろって言ったのは勇者様ですよね? それをわかって決闘をさせろって言ったんですよね? レイが弱いと思ったからですか? 勝てると思ったからですか?」
「ち、ちが……」
言葉に詰まるレオン。
勢いでレイフォンと決闘をと条件にだしたレオンだが、普通に考えれば勇者と一般人の少年との決闘では勝敗など決まったようなものだ。
「それくらいにしとけよアシュ」
「レイ? でも……」
少し興奮状態のアシュリーの肩をつかみ首を横に振ったレイフォン。
「ありがとうなアシュ。けど大丈夫だアシュ。お前の、アシュのために戦う俺は誰にも負けないから」
「ち、違うの……レイが負けるとは思ってないわ……ただレイのことをバカにされたようで……その……痛っ!?」
アシュリーの額に軽くデコピンをして、ニコっと笑顔を見せたレイフォン。
「いつも俺をバカにするお前が言うなよ」
「だって……」
額を押さえてばつが悪そうな表情のアシュリー。
ふたりのやりとりの光景は姉弟というより、まるで恋人同士に見えたのだった。
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